1 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:50:37.04 CRava8dn0 1/20


魔王城最深部

 スタ……スタ

勇者「ついに、ついにたどり着いた」ハアハア

勇者「私は負けない。散っていった仲間たちのためにも」


 ゴゴゴゴゴ


魔王「……」


勇者「くっ、なんて恐ろしい姿だ。あんなのに一人で戦いを挑まなきゃいけないなんて……っ」

 カタカタ

勇者(震えが止まらない……いま攻撃されたら……!)チラ


魔王「……」


勇者(なにもしてこない!? 余裕のつもりか? なめられたものだ)ギリッ

 カチャリ

勇者「来たぞ魔王。世界を救うため、いまお前を滅ぼす!」


 ゴゴゴゴゴ……



魔王「にゃ~ん」


2 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:52:01.97 CRava8dn0 2/20


勇者「……ん?」


魔王「にゃおーん」

魔王「うにゃーあーん」


勇者「なっ、なんだその気の抜けた声は。バカにしてるのか!」


魔王「ふぅるるる……」


勇者(おかしい。最初は油断を誘ってるのかと思ったけど、ここまでしつこいのは変だ。
 
 確か魔王は直接対決を好む熱い性格だったはず……この声は一体?)スッ

 スタスタ

勇者「おい、魔王」

魔王「……」

勇者「なんだ? 近くで見ると少し違和感が」スッ

 パタム

3 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:53:25.32 CRava8dn0 3/20


勇者「! これは……魔王の絵が描かれた板!?」

勇者「では本物の魔王はどこに──」

 ふにゃああ~ん

勇者「? 玉座の裏からだ」スッ

魔王(猫)「ふにゃああーん」

勇者「!!」

勇者「!?!?」

勇者「!!!!」

勇者(な、なんだ……なんだこの生き物は!)

4 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:54:17.48 CRava8dn0 4/20


勇者(白くてちっちゃいフワフワがうずくまって、私をじっと見つめている……。
 
 あっ、そんな目で見るな! 理性がはじけ飛ぶ!)バッ

 フラ……フラ

勇者「か、可愛すぎる……なんだこの異次元の可愛さは……」

 ハッ

勇者「まさかこれこそが魔王のワナなのか? 私がかわいいものに目がないと知って……?」

勇者「くそっ! いたいけな生き物をもてあそぶなど許せん。なんてやつだ魔王め!」ギリッ

メイド「それは誤解でございます」

勇者「きゃあっ! だ、誰だ貴様っ」カチャッ

 スッ

メイド「魔王城生活保安将軍を拝命しております。

 私(わたくし)のことはメイド、とでもお呼びくださいませ」

5 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:55:33.60 CRava8dn0 5/20


勇者「(あーびっくりした……)そのメイドがなんの用だ」ドキドキ

メイド「魔王様はどこへ行ったのか、世にも可愛い生き物がなんなのか……。いろいろ疑問に思うことがあるでしょう。
 ですが説明の前に、勇者様にやっていただきたいことがございます」

勇者「それは?」ソワソワ

 フッ

メイド「指が小刻みに動いてらっしゃいますが、どうかなさいましたか」

勇者「!」サッ

メイド「それです、勇者様。
 いまの行動をこの生物にしていただきたいのです」

勇者「つまり?」

メイド「撫でてあげてください」

勇者「本当!? やったー! (ふん、勇者が敵地で隙を見せるとでも?)」

メイド「セリフが逆です」

6 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 20:56:31.64 CRava8dn0 6/20


 ……ソッ

勇者「ふわあああぁあああ、やわらかいよおおぉおおおお!」

 フワフワ

魔王(猫)「……うるるる……」

勇者「!? こ、この鳴き声の意味は? 嫌がってるのかっ?」

メイド「いえ、とても機嫌がいいようです。運がいいですね」

勇者「気分屋な生物なのか」

メイド「とても。機嫌が悪いときは引っかかれます」

勇者「人に媚びぬ矜持を持つか。ますます気に入った」ナデナデ

メイド「ふむ。その様子だと大丈夫そうですね……。

 勇者様、ちょっとお顔を」

勇者「顔を?」

メイド「その子のお腹にピトッとくっつけてください」

勇者「なにゆえ!?」

メイド「やればわかります」

勇者(くっ……なにかのワナか? だとしても……あらがえない!)スッ

 ポフン

7 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 21:18:18.24 CRava8dn0 7/20


勇者「!」

メイド「そして息を吸って、吐いて、吸って……」

 スーハー スーハー スーハー

勇者「……」

メイド「いかがですか」

勇者「……」

メイド「勇者様」

勇者「……」

メイド「……」

魔王(猫)「……にゃーん」

 ぷはっ

8 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 21:19:10.83 CRava8dn0 8/20


勇者「……」

メイド「堪能されたようで」

勇者「今は亡き父と母が、小麦畑の中で手を振っていた……」ポヤーン

メイド「この生物のお腹は冥界と繋がっているのです」

勇者「そうなのか!?」

メイド「嘘です」

勇者「嘘なのか!」

メイド「はい。でもそれくらい気持ちがいいのは確かですね」

勇者「おひさまの匂いがした……」ポワポワ

メイド「この種族の名は『ネコ』といいます」

勇者「ネコ?」

9 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 21:20:19.32 CRava8dn0 9/20


メイド「はい。サーベルキャットやアイアンタイガーはご存知ですね?
 あれらの近縁種と思われます」

勇者「確かにどことなく面影はあるが……全く別物だぞ? こっちは可愛さが4千倍くらいある」

メイド「実はその子……ネコは、異世界から送られてきたのです。
 ……魔王様と引き換えに」

勇者「どういうことだ?」

 ペラリ

メイド「ここに異世界から届いた魔王様からの手紙があります」

 ペロッ

勇者「あ、今なめた! 舌ざらざらしてる!」

10 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 21:21:15.45 CRava8dn0 10/20


──

 勇者へ。

 こんなことになって本当にすまない。
 わしが玉座にいなくてさぞガッカリしたことだろう。
 
 実は勇者を迎え撃つ準備をしていたのだが、誤って絶対に組み合わせてはいけない魔法陣を描いてしまってな。
 気がついたら異世界に飛ばされていた。

 こちらは夏真っ盛りだ。スイカ、と呼ばれる作物の畑を手伝っている。
 久方ぶりの肉体労働のなんと心地良いことよ……──

──

 ザリ……ザリ

勇者「ふふ……ちょっと痛い。でもうれしいよぉぉ……」

メイド「続けます」

11 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/09 21:22:36.35 CRava8dn0 11/20


──

 さて、どうやらわしの代わりに「ネコ」という生物たちがそちらに送り込まれてしまったらしい。
 しかも、魔王の資格もネコに移されてしまったようでな。
 
 申し訳ないが、魔法陣の効力が切れてわしがそちらに戻る一年後まで、対決を延期してもらえぬだろうか。すまんな。

 追伸 この世界のビールは神のごとき味だ!

──

メイド「というわけです」

勇者「……一つ気になることがある」ザリ…ザリ

メイド(やはり気づかれましたね。
 そう、魔王の資格はネコに移っている。魔王様の帰還を待たずとも、ネコを葬れば勇者様の勝ち。
 魔族は滅びるのです……)

勇者「生物『たち』って書いてたな。他にもいるのか!?」キラキラ

メイド(そっちに食いつきましたか……)

メイド「少々お待ちください」スタスタ

 キィッ

子猫たち「みーみー」トトト

勇者「……」 

13 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:07:42.23 m2K/kePy0 12/20


メイド「どうやら親猫が一匹、子猫が四匹の計五匹送り込まれたようです」

勇者「……」

メイド「勇者様?」

勇者「……」

メイド「気絶している……失礼いたします」スッ

 カーツ!

勇者「はっ!」パチッ

メイド「お目覚めですね」

 みーみー

勇者「ふぐう……ちっちゃい天使……かわわ……」ポロポロ

14 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:08:38.53 m2K/kePy0 13/20


メイド「お気持ちはわかります。可愛いですよね」

子猫たち「ふにゃー」

勇者「はぁ~ん……」

メイド「五匹に少しずつ魔王の資格が移っております。
 つまり全て葬れば、その時点で勇者様の勝利となりますが」

勇者「……」

メイド「腐った生ゴミを見るような目で見ないでくださいまし」

 ガバッ

勇者「誰にもこの子達を傷つけさせるものか!」フニ

メイド「ですが魔王様が戻られるまで一年もかかります。
 そんなにお待ちいただけるのですか?」

勇者「私が……私がこの子たちのママになる! そしたら一年なんてあっという間だろう!」

 ニッコリ

メイド「……すぐに部屋をご用意いたします」

15 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:09:49.06 m2K/kePy0 14/20


──

子猫「みー……」フミフミ

勇者「はうっ……この仕草は?」

メイド「ふむ、この様子だとお腹が空いているようです。親猫のところへ連れていきましょう」

勇者「うう、離れがたいが……ご飯の時間だぞ」ヒョイ

──

子猫「……っ」ゲホゲホ

勇者「ああ、フードを吐いている! どうしたんだ? 今までこんなことなかったのに!
 死んでしまったらどうしよう、蘇生魔法の為に生贄の準備を──」

メイド「落ち着きなさいませ。ネコが吐くのはめずらしいことではございません。
 もちろん毎回吐くようだと心配ですが、いまは様子を見ましょう」

勇者「本当か!?」

メイド「……と、魔王様が送ってくださった飼育本に書かれております」ペラリ

勇者「聖なる原典だな……!」

メイド「ある意味では。
 ちなみに背の高い餌皿なら吐く回数が減るようなので、すぐ用意いたします」スッ

16 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:10:35.23 m2K/kePy0 15/20


──

 ポンポンポン

メイド「もっと強く、リズミカルに」

勇者「こ、こうか」ポンポン

メイド「そう。尻尾の付け根、そこが猫のエクスタシーポイントです」

 ポンポンポン

魔王(猫)「ふ……にゃあぁ……ん」トロン

──

 一年後

 ヴヴン……!

メイド「……お帰りなさいませご主人様。精悍なお姿になられましたね」

魔王「長い間すまなかった。城に変わりはないか」

メイド「全て滞りなく」スッ

魔王「それから勇者よ。一年も待たせてすまなかったな」クルッ

勇者「ふぐっ……ふぐうっ」ボタボタ

17 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:11:26.13 m2K/kePy0 16/20


魔王「……どうしたというのだ」

メイド「可愛がっていたネコたちが、魔王様と引き換えに去ってしまったので……」

勇者「ぐうっ、ふぐうっ!」ギロッ

魔王「な、なんかすまん……」

魔王「気休めになるかわからんが、わしが滞在した農家の住人は素晴らしい人々だった。
 きっとネコたちを可愛がってくれるはずだ」

勇者「……本当に……?」

魔王「ああ。一年間ネコたちの世話ご苦労であった。わしからも礼をいう」

勇者「ううっ……うわあああん!」ガクッ

魔王「今から戦うというのも無理があるな。決戦は明日にしよう。よいな、勇者」

18 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:12:25.86 m2K/kePy0 17/20


勇者の部屋

勇者「……」

勇者「……」スッ

勇者(ベッドが広い。
 今朝まであった温もりがないだけで、こんなに心が空っぽになるんだな)

勇者「そうか、私は……。

 あの子たちを、愛してた」ポロッ

19 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:13:16.34 m2K/kePy0 18/20


──

メイド「そろそろお休みになられては」

魔王「明日の決戦の準備があるからな。もう少しかかりそうだ」

メイド「また異世界への扉を開かれませんように」クスッ

魔王「はは、さすがに二回目は笑えんからな。
 明日も早いのだろう。先に休むがいい」

メイド「では、お言葉に甘えて」スッ

魔王「メイドよ」

メイド「はい」

魔王「ありがとう」

メイド「! ……もったいなき、お言葉でございます」キラッ

 タタタッ……

魔王「さて、カウンター用魔法陣の準備を進めるか。
 確かこれとこれを組み合わせて……ん?」カチッ

20 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:14:22.25 m2K/kePy0 19/20


次の日

 パンパン!

勇者「よし、気合を入れよう。いよいよ決戦だ」

勇者(ネコたちの思い出がある分、私は前より強くなったし物事に動じなくなった。
 なにしろ世界一可愛い存在と一年も過ごしたのだからな。

 ネコ以上に可愛い生物など、例え異世界にも存在するはずがない!)フフン

 ギイィッ

勇者「おはよう魔王。今度こそ、正々堂々戦おう」

 シーン

勇者「? まだ早かったか? 集合時間ピッタリのはずだが……」スタスタ

 ゴソッ

勇者「!」バッ

勇者(なんだ? 玉座の裏に気配が……)

「……わんっ」

勇者「……。
 
 …………わん?」


おわり

21 : ◆AhbsYJYbSg - 2020/08/10 12:15:31.04 m2K/kePy0 20/20

ありがとうございました!

記事をツイートする 記事をはてブする