1 : 以下、?... - 2018/07/31 01:07:25.028 ZIx1BJ/Qd 1/32765の雪歩SS
地の文、独自設定有
2007年頃のメンバー(響、貴音不在)
上記要素が苦手な方はブラウザバック推奨です。
汗が滴り落ちる。
首にかけたタオルは既にビショビショで、絞ったらコップ1杯くらい吸水してそうな。
そんな重み。
「菊地さーんいい感じよー!」
手拍子を続けながらトレーナーさんが私の目の前でダンスを続ける真ちゃんを褒めていました。
曲の終盤に差し掛かっているというのに彼女のキレは衰えを知りません。
「萩原さんラスト! ファイト!」
「はっ……はいっ!」
私に投げかけられるのは激励でしょうか、慰めでしょうか。
リズムについていくのに必死で酷い動きをしているのは自分でも分かっているんです。
分かってはいるけどついていけない。
体がついていってくれない。
曲の最後。
決めのポーズで真ちゃんと私は両手を繋ぎ、向かい合う。額が重なりフィニッシュ。
お互いの吐息が触れ合って鼻筋をくすぐりました。
日常生活でこんなに接近したら卒倒してしまうでしょうが今はそんな余裕はありません。
音楽が止むと同時にその場にへたり込みます。
「はーいお疲れ様。二人とも良かったわよー。今日はここまでだからしっかりストレッチして帰ってね」
息を吐きすぎて視界の縁がぼんやり白む。トレーナーさんの声もどこか遠い気がしました。
「大丈夫? 雪歩」
真ちゃんも気遣ってくれますが声を出すための喉が乾燥して上手く喋れない。
水分を体が欲しています。
「だいっ……じょぶ……」
「飲み物を持ってくるよ。そこで休んでいて」
ありがとう。と言いたかった気持ちは声にならず。
息を整えることに集中しました。
「はい。飲める?」
まだ体力が回復していないことを察して真ちゃんはペットボトルの蓋を取って私の前に差し出してくれました。
それを受け取り口に運べば、少し温くなったスポーツドリンクが体全体に染み渡ります。
「ありがとう真ちゃん……」
「いえいえ。しかし雪歩も体力ついてきたね!」
お世辞でも真ちゃんに言われるのはちょっと辛いかな。
「そんな……まだまだだよ……今のままじゃ歌えないし」
そう。本番はこのダンスに歌まで歌わなくてはいけないのだ。
今のままで良い筈がありません。
「でも前は曲の途中で体力切れだったじゃないか! 少しずつ成長してるんだよ実際」
「そ、そうかなぁ……」
「雪歩はそうだね、もっと自信持とう。実際1曲は踊れるんだし」
自信。自信かぁ……。
「……私はダメダメだから」
また嫌なのに自嘲気味に笑ってしまう。
迎えに来てくれたプロデューサーの車、後部座席で窓の外を見遣ると
都会よろしく立ち並ぶ高層ビルに夕日が反射して目を焼く様でした。
765プロの未来を担っている話術はここでも発揮されています。
「今日のレッスンはどうだった?」
信号が赤になり、止まる景色の中でプロデューサーが投げかけました。
「楽しかったですよ! 雪歩も段々踊れるようになってきて」
「そうなのか! 元々筋は悪くないからな。体力がついてきたんだろう」
体力はついてきた。正直自覚しています。ただそれは最初のころに比べての話。
ただ今回挑戦しているダンスはこれまでの比にならないくらいのレベルを要求されている。
今までのままじゃ足りないんです。
先月のランクアップライブで私はEランクアイドルとなり、念願のCDデビューを果たしました。
765プロ所属のアイドルとしては8人目。先週入社したやよいちゃんを除くメンバーの中で最後のデビュー。
後から入社した亜美ちゃん真美ちゃんに抜かされ、ほぼ同期入社の春香ちゃんはさらに一つ上のDランクに昇格を果たしました。
そしてCランクアイドルの真ちゃんの人気をあやかれる様ユニットを組み、今ライブに向けて猛練習中なのです。
気の弱い私をプロデューサーは手厚くフォローしてくれて。
女の社会と思っていた他のメンバーも仲良く手を携えながら上を目指している。
環境には恵まれている、はずです。
「それじゃあここで!」
最寄駅の近くに着き、勢いよく車を飛び出した真ちゃんがこちらに手を振っています。
「気を付けてな! また明日もよろしく」
「明日は11時から体育会系TVのロケですよね? よろしくお願いします!」
すごいなぁ。地上波だ。
私は明日もレッスン……。
「雪歩もゆっくり休んでね! また!」
「うん。今日はありがとう。またね」
つられて私も手を振りました。加速していく軽自動車。小さくなる真ちゃん。
ふぅとため息を1つつくと、2人きりになった車内でプロデューサーがまた新しい話題を切り出します。
バックミラー越しに一瞬視線が交わりました。
「そういえばな雪歩。また新しい子が入ってくるらしいぞ」
すごいなぁ。私ならすぐ何を話そうか迷ってしまう。
たどたどしい返しにもプロデューサーは変わらず答えてくれる。
「そ、そうなんですか?」
「あぁ14歳って言ってたから伊織と同い年かな? 金髪ギャルだそうだ」
新しい人。新人。後輩。後輩?
私は先輩として何か彼女にしてあげられるのかな。
「うちの事務所ではは髪染めてるやつはいなかったからなんか会うのが楽しみだよな!」
何か返さなきゃ……。
「しかし社長もまたすごい子連れてきたみたいでさ。才能の塊みたいなやつらしいんだ」
何か。なにか。ナニカ。
「ただやる気がないらしいからなぁ。しっかり先輩としてフォローしてやってくれな?」
ナニカハナサナクチャ。
「また……」
「ん?」
「また……抜かされちゃいますね」
あれ?
「ど、どうした急に。弱気になって……」
こんなこと言う気じゃなかったのに。
「社長さんがスカウトする子みんなすごいじゃないですか。真ちゃんはダンスすごいしかっこいいし。伊織ちゃんはすごくかわいいのに努力家だし」
もっと楽しい話をしたいのに。
「千早ちゃんは歌上手すぎてもうBランクだし、律子さんは自分でも状況を分析してセルフプロデュースも出来ます。あずささんもグラビア系の仕事で地上波に出始めてます」
もっと笑いたいのに。
「その社長さんをもってして才能の塊だなんて……敵うはずないじゃないですか」
もっと輝きたいのに。
「春香ちゃんにも置いて行かれた。亜美ちゃん真美ちゃんも先にデビューした、きっとやよいちゃんもすぐデビュー出来る。新しい人もきっと私を抜かしてどんどん輝いていく……」
もう……ダメだ……。
気づいた時にはもう遅く、声は震え、知らぬ間に涙もぽろぽろ落ち始めていた。
「……雪歩」
「ごめんなさいっ……私、アイドル続けられないかもしれません……」
嗚咽と混じった私の本音は狭い車内にとても響きました。
俯いた私の視界に先程の眩しい夕日は入って来なくて。
シートの暗闇にそのまま吸い込まれて、消えてしまいたいと願いました。
「……ちょっと寄り道しようか」
そう言ったプロデューサーに連れられて、すっかり泣き腫らした私は砂浜に腰を下ろす。
少しだけ距離を置いてプロデューサーもよっこらせと一言、腰を下ろしました。
「みんなすごいよな」
少しの沈黙の後、波を見つめながらプロデューサーが呟きます。
「俺が中学生とか高校生の頃はひたすらバカやってたよ」
「……バカってなんですか?」
「バカはバカだ。コンビニの前でたむろしたり、夜中まで友達の家で麻雀したり、ちょっとだけ煙草を吸ってみたり」
照れくさそうに頬を人差し指で掻く。
普段スーツ姿のプロデューサーからは想像できないけれど、何年か前は確かにプロデューサーも私と同じ高校生だったんだ。
「プロデューサーはその頃から煙草を吸ってたんですか?」
柔和な印象を受けるプロデューサーの意外な一面に気付いたのは入社して一週間も経っていない頃だったと思います。
休憩がてらふと屋上に出てみたら煙草を吸っているプロデューサーに出くわしたのです。
どうしても煙草というと不良っぽい怖いイメージを連想してしまう私はとても驚いた記憶があります。
「いや、その時吸った煙草は苦くて煙くてとても吸えたもんじゃなかったよ。習慣になったのは大人になってからだな」
「そうなんですか……」
「雪歩は煙草嫌いか?」
正直臭い、煙たい、健康を害するというイメージがつきまとう煙草ですが幼い頃からお父さんや実家に出入りの多いお弟子さんたちが吸っていたこともあって煙草自体に嫌悪感はありません。
……どちらかというと男の人自体が苦手です。
そのことをプロデューサーに伝えると少しだけプロデューサーは苦笑い。
「……大人になると学生生活では経験してこなかった色んなストレスがあるんだ」
「はい」
「それをちょっとだけ発散するために……というか……うん、これはきれいごとだな」
プロデューサーは私たちに対していい意味で同じ目線に常に立ってくれています。
私たちを子ども扱いするのではなく、一社会人として同じ目線に。
「まぁ体の良いサボりの口実なんだよ煙草は」
「えっ」
「小鳥さんには内緒な。バレたら辞めさせられるから」
驚きました。サボる為に煙草を吸っていたなんて。
「でも大人特有のストレスがあるのは本当だ。至る所にストレスの元がある」
プロデューサーは優しい顔のまま話を続けます。
「雪歩や真、他のみんな全員気付いてないかもしれないが、そんな大人の世界に片足を突っ込んでいる」
「…………」
「俺には無理だった。働きたくねぇって思ってたし」
「……若いうちからしっかりやりたいことを決めて業界に飛び込んできただけで他の子にはできないことをしてるんだ。雪歩も自信を持ってほしい」
「……真ちゃんにも同じことを言われました……」
自信。自分を信じること。でも何を根拠に?
「自分を……信じられないんです。私はダメダメな女の子で」
「雪歩、言霊って知ってるか?」
私がまた自嘲気味に笑ってしまうのをプロデューサーが遮ります。
「言霊、ですか……」
「あぁ。端折ると"言葉"には力がある、言ったことは現実になるっていう力のことだ」
プロデューサーは沈みゆく夕日を眺めながら続けます。
「雪歩はダメダメになりたいか?」
「そんなの……なりたくないに決まってます……」
「そうだよな。そして話は変わるが俺には特技があるんだ」
「特技ですか?」
「そうだ。名付けて"どんな短所も長所に出来る能力"」
プロデューサーの特技の話は初めて聞きます。
腰に両手をあて胸を張るプロデューサーがかわいく見えました。
「実際に見せてやろう。なんか自分の短所を言ってくれ」
「じゃあ……ひんそー」
「慎ましく控えめ」
「ちんちくりん」
「小柄で愛らしい」
「言いたいことを言えない」
「協調性がある。気遣いの心が強い」
「ダンスが苦手」
「頭脳派」
「……頭脳派って言うほど頭良くないです」
思わず笑みがこぼれた。
「まぁまぁ最後のは置いておいて、モノは言い様なんだ」
プロデューサーも私と同じように少しだけ笑いました。
普段より少しだけ小さいプロデューサーの声は私にだけ聞こえて、広い海に吸い込まれて消えていきます。
「ポジティブになれ。とは言わない。ネガティブだってそれは慎重派ってことで、いろんなリスクを考えている証拠だ」
「だから自分のダメなところを数えるんじゃなくて、良いところを見つけよう。それを自分に言い聞かす。そうしたら言霊が力を貸してくれて雪歩をその通りにしてくれる」
「良いところ……」
「あぁ。雪歩が今自分で言った短所は全部俺に言わせれば長所なんだから」
この人の言葉は何故こんなにも力があるのだろう。
体の奥に響いてぽかぽかする。
「俺はな、密かに春香と雪歩はいいライバルになれるんじゃないかと思ってる」
「春香ちゃんと……私が?」
そんなおこがましい……。
「今また自分を卑下しただろ」
「な、なんでそれを……」
「俺はお前のプロデューサーだからな。それに雪歩自身も意識してるんじゃないか?」
「私が春香ちゃんをライバルだと思ってるってことですか?」
そんなこと……。
「さっき車の中で雪歩は"春香にも置いて行かれた"って言ったろ?」
正直さっきはお腹の奥底、おへその辺りから自分ではどうすることも出来ない悲しみだとか、悔しさだとかが口から溢れ返ってしまっていて、自分が話した内容をはっきりと思い出すことは出来ません。
「置いて行かれたってことは一緒に進みたかった、もしくは先に進みたかったって気持ちの表れだと思うんだ」
「負けたくないって言う気持ちの表れだと思ったよ。負けず嫌いなのかもな雪歩は」
そう言うとプロデューサーは水平線で半分になった太陽を見つめ、目を細める。
「もちろん入社時期が近いってこともあるだろう。ただそれ以上に俺から見て春香と雪歩は似てると思ったんだ」
考えたこともありませんでした。似ている……私と春香ちゃんが……。
「千早なら歌。伊織はビジュアル。真はダンス始め、運動全般」
「律子は自分の売りどころを理解しているし、実はスタイルもいい。亜美真美やよいはキャラと若さ。あずささんはスタイル」
「みんな強い武器を持っているだろ?」
「はい……」
「ビジュアルに関してはみんなアイドルとしてデビューするくらいだから平均以上だけどな。伊織は飛び抜けている」
こうして聞くとあらゆるジャンルを網羅したとんでもないメンバーです。
その中で私がいる意味とは……。
「そんな武器を持たずに入ってきたんだ。お前ら2人は」
「すみません丸腰で……」
私の得意なことと言ったら穴を掘るくらいかなぁ……お茶はまだまだだし……。
「何故謝る。そこがいいんじゃないか」
「そう……ですか……?」
武器は大いに越したことはないと思います。
ドスもチャカも大っぴらには持ち歩けませんが。
「強すぎる個性ってのは道を狭めてしまうんだよ」
「千早や真は既に売れてきているのもあるがここから路線変更は正直難しい」
「千早がバラエティでガンガン笑いがとれるだろうか。真に真面目な番組のコメンテーターが出来るだろうか。想像してみてくれ」
「あまり……想像できません……」
「だろ? と言っても俺の密かな夢としてはゴールデン帯に765プロ全員が出るレギュラーを持ちたいんだがな」
「うちのアクの強い連中を中和してバランスを取る。武器を持っていない春香と雪歩だけがそんな存在になれる」
そんなこと……出来るのかな……。
「ある日はアカデミー賞クラスの女優、ある日は視聴率20%越えのバラエティレギュラー、そしてある日は……トップアイドル」
「私が……ですか?」
「そうだ。性格的には春香が先頭でみんなの方向性を示し、雪歩がわき道に逸れたメンバーをフォローする。そんな感じだろうな」
プロデューサーはいつの間にか太陽では無く私をじっと見つめていました。
「なれるでしょうか……」
トップアイドル。
私の目を見つめて、少し間を空けてプロデューサーが口を開く。
「なれる。俺が保証する」
ゆっくりと、でもしっかりとその言葉は私の鼓膜に響きます。
言葉は鼓膜を通り過ぎて頭の中をぐるぐる回って、お腹の奥にあったどす黒いものを徐々に白く染め上げました。
どうしてこの人は……こうまっすぐなのだろう……ちょっとずるい。
「ただ、その為には兎にも角にもレッスンだな。春香は歌が足りないし、雪歩もダンスが当面の課題ってのは分かってるな?」
「はい」
「その中で俺も仕事を引っ張ってくるつもりだ。最初は小さな仕事かもしれないけど我慢してくれ」
お仕事がもらえるだけでもこんなダメダメな私には……。
ダメだ。言霊さんにダメダメにされてしまう。ポジティブに、良い方向に。
俯きぐるぐるとした思考を繰り返すそんな私を見たプロデューサーはまた言葉を紡いでくれました。
「もし……それでももし雪歩が自分のことを信じられないなら、いっそ自分のことを信じなくていい」
「……いいんですか?」
「あぁ。その代わりに雪歩のことを信じてる俺や、仲間を信じるんだ」
「私を信じる仲間を……」
「俺はいつだってお前を信じている。自分の弱さとしっかり向き合い、変わりたいと願って努力している。雪歩は強い女の子だ」
プロデューサーがそう私を信じてくれるのなら。
そして同じ夢を持ったみんなもまたそう思ってくれているのなら。
「自信が持てないのなら俺らが代わりにもってやるからさ」
「……ってこれはこの間見たアニメのセリフなんだけどな。雪歩にピッタリだと思ったから覚えておいたんだ」
プロデューサーがまた頬を掻く。
そっか。自分を信じなくてもいいんだ。
「あれ、雪歩ー?」
私を信じてくれるみんなを信じればいいんだ。
「雪歩さーん」
それなら得意、な気がする。出来る気がする。
「"荻原"雪歩ー」
「プロデューサー!」
「うおっ」
思わず立ち上がった。沈みゆく太陽が少しだけ頭を覗かせている。
まるで今の私の自信を表しているような小さな光。
「私……なります! トップアイドル!!」
そう宣言した海は太陽の赤と夜の青が混ざっていて。
いつか世界を照らす満天の陽になれるように。
「あぁ……みんなでなろうな。トップアイドル」
単純かもしれないけどプロデューサーを。765プロの皆を信じて。
私はこの果てしない道程を一歩ずつ歩んでいこうと。
そう決めたのでした。
おしまい。