関連
男「猫ちゃんと意思疎通をとりたい」【前編】
夏休み 男の部屋
男「猫ちゃん、自転車乗ろっか」
猫『どうしたのよ突然』
男「いやほら、前に乗ってみたいって言ってたでしょ?」
猫『確かに言ったわね』
男「だからさ、乗ろうよ」
猫『それはいいけど、なんでこのタイミングで?』
男「ふ、ふふふふふ。猫ちゃん。世の中には信じられないほどアベックで溢れてるんだよ」
猫『そ、そう』
男「そして狂ったようにイチャラブしてるわけ。これもう頭おかしいからね」
猫『おかしくはないと思うけど……』
男「まして制服デートとかね。これ暴力だから。視覚の暴力だから」
猫『で、自転車にはいつ繋がるわけ?』
男「まぁ待ちなって猫ちゃん。話は1時間前に遡る……」
猫『ついさっきね……』
~~
男「あーあっついなぁ。窓開けても風が入らないなー」
男「どれ、窓際にいれば多少は涼しくなったりなかったりするだろ」スタスタ
男「おー? なんだあのふらついてる自転車は。あぶないじゃ……」
男「高校生が二人乗りしてやがる……警察は何をしているのか」
男「アベックがはしゃぎやがって……うぉ! あの女の子可愛すぎるだろ」
男「幸せそうな顔しやがって……チェーンイカレロ」
男「あーやばいなぁ。負のパワーが漲るなぁ。ダークヒーローになれそうだなぁ」
男「……虚しい」
~~
男「ということがあってね」
猫『私が下にいる間にそんなことがあったのね』
男「もうそんなの見せられたら俺も二人乗りしなくちゃって」
猫『猫でも二人なのかしらね』
男「そんな細かいことはいいんだ……話せる相手が乗ってたらそれでいいんだ……」
猫『哀愁がただよってるわね』
男「さぁ! この傷を癒すために旅に出ようじゃないか!」
猫『テンションがおかしなことになってるわ』
男「これが平常運転さ。よし、お出かけの準備を……」
Prrrr! Prrrr!
男「友から電話だ……なんだろう」
男「はい、もしもし」
男友『自転車で旅をしよう』
男「友よ、アレを見てしまったのか」
男友『男もか! ならわかるだろ!? 俺の心はボロボロだぞ!』
男「わかる! わかるぞ! 俺も丁度猫ちゃんと自転車の旅に出ようと思ってたところだ!」
男友『なら話は早い! 今からそちらへ向かう。しばし待て!』
男「オーケー了解。こっちも準備を済ませとく」ピッ
男「というわけだから、行こう猫ちゃん」
猫『それはいいけど……やっぱり女っ気はゼロなのね』
男「しょうがないじゃん! 女友達いないからしょうがないじゃん!」
猫『あの元気な女を呼んだら?』
男「女さんの連絡先なんて知ってるわけないでしょ!」
猫『もう、これだからキモオタは……』
男「よーし準備完了」
猫『意外と快適じゃない。このカゴ』
男「うん。使ってないクッションとか敷いたから、ちょっと揺れても大丈夫だと思う」
猫『そう。どこぞの豆腐屋みたいに、お水をこぼさないような運転をしてね』
男「難易度がとんでもないことになってるよ!」
男友「おーう、きたぞー」
男「おう。……あの女の子可愛かったよな」
男友「そうなんだよ! あのヒョロ男が羨ましいわ」
猫『私とどっちが可愛い?』ニャーン?
男「猫ちゃん」
男友「お、相変わらずもふもふしやがって。可愛いなこのこの」ナデナデ
猫『ふふ、私って罪な猫』ニャーン
男(可愛過ぎ!)
男「だけど行くあてもないんだよな」
男友「そうなんだよな。ま、適当に走るか」
猫『さっきのテンションはどこに行ったのよ……』
男『友と悲しみを分かち合ったら少し落ち着いちゃったよね』
男友「そうだ、久々にあそこいかないか。下り坂」
男「友はともかく、俺の体力だと帰ってこれないぞ」
猫『下り坂なんてそこらじゅうにあるじゃない』
男『違うんだ……友の言ってる下り坂はめちゃくちゃ長い坂のことを言ってるんだ』
猫『ふぅん? 何がだめなの?』
男『下るときは確かに爽快で最高なんだけど、帰りは上り坂なわけだからもう地獄』
猫『なるほどね』
男友「大丈夫大丈夫。意外と行けるから。限界超えると最高だぜ?」
男「何か脳内麻薬が駆け巡ってるんじゃないか……?」
男友「アニソン歌いながら走ると、チャリのスピードが上がるんだよ」
男「それは漫画じゃないか……。多分途中で泣くぞ俺」
猫『泣き虫ね』
男友「がははははは! ま、いい運動になるから行こうぜ!」
男「しょうがないな。行くか! 猫ちゃん、飛び出しちゃだめだよ?」ナデナデ
猫『わかってるわ』
男『猫ちゃん、カゴ大丈夫?』
猫『ええ。……風が気持ちいいわ』
男友「走ってる時は風があるんだけど」
男「止まると暑いよな」
猫『あら、私は暑くないわね』
男『まあ、猫ちゃんは漕いでないからね』
猫『そうね。あとこのタオルがいいわ』
男『ああ。それは保冷剤を包んであるからね。多少は涼しいんじゃないかな』
男友「ノンストップで!」
男「行ってみましょ! ってコレ歌うと赤信号になるからやめようぜ」
男友「バカな! そんな妙なフラグの立つ曲じゃ……」
赤信号
男「言わんこっちゃない。こりゃ暑い」
男友「日陰もないからキツいぜ」
猫『私も日向はキツいわね。男、日傘はないの?』
男『さすがにそこまでは用意できなかったなあ。ごめんね』
猫『冗談よ。あなたが気を遣ってくれたおかげで涼しいわよ』
男『そっか。なら良かった』
男友「着いたな……!」
男「そうだな……」
猫『すごいわ。先の方の道が細くなっていくみたい』
男友「この長さともなれば、下りは最高だ」
男「下るのはな……」
猫『男? 無理そうならやめといたら? それか私降りる?』
男『あはは、いつかのトンボを思い出すね。猫ちゃんがキキか』
猫『そうね。トンボはキキを乗せて走ったわね』
男『ま、降ろす気なんてサラサラないよ。ましてやめるなんて』
猫『あら、珍しく格好良いじゃない。期待してるわ、上り坂』
男「筋肉痛を覚悟すれば余裕だな。こんなもん」
男友「お? 強気だな。でもそのとおりだ」
男「だろ? じゃ、そろそろ行こうか」
男友「おーう。それじゃ、ノンストップで!」シャー
男「行ってみましょ! ってだからこれはさー」シャー
猫『大丈夫よ、信号はしばらくないわ』
男「ひゃははははははは! 風が気持ちいいぜー!」
男友「がーっははははは! でもこの風、めちゃくちゃ騒いでますうううう!」
猫『騒いでるのはあなたたちだけどね。でも確かに最高だわ……!』
男「だよねー! もう最高だー! ひゃはははははは!」
男友「おいおいまだ下るってのかー!? ここはレインボーロードかーっ!?」
男「おいおいショートカットもあるってのか!? そんなもんは野暮だけどなぁー!」
男友「がはははははは! 違いない! 今はただ風を切って進むのみ!」
男、男友「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
猫『景色がすぐ流れてくわ……ふふ、楽しいわね』
男「いやー最高だったわ」
男友「もう俺たちが風だったな」
猫「ニャーン!」
男友「お、猫も気分が良いようだ」
男「ほんとうだ。楽しかった?」ナデナデ
猫『ええ。もう最高だったわ。もう一度やってほしいくらいね』ニャーン
男『それはちょっと……』
男友「さて、目的は達成したから帰るわけだが」
男「あんなに頂上高く見えるのか……」
猫『ゆるやかだと思ってたのにね』
男『ほんとそうだよね』
男友「ま、だからこそ登りがいがあるというものよ」
男「くくくっ! 違いない。行くか!」
男友「おう!」
猫『がんばってね、男』
男『まかせて! クライマーの実力見せてあげるよ!』
猫『あなたがクライマーなんて初めて聞いたわね……』
男「ぜー……はー……」
猫『男、大丈夫? 男友は結構先に行っちゃったけど』
男「は、はは、猫ちゃん、まだまだ余裕だよ。くふ、くふふふ」
猫『壊れてない?』
男「自転車ならちゃんと前に進んでるよ。大丈夫、壊れてない壊れてない……」
猫『壊れてるわね……これは運動不足ね』
男「おかしいな……猫ちゃんといつも歩いてるから、そこそこ行けると、思ったんだけど……はー」
猫『散歩であってウォーキングではないということね』
男「そっか……ぬあー! ぬうん!」
猫『あと少しよ、男。がんばったら後でいくらでももふもふさせてあげる』
男「いつも、もふもふ、してるけど、ね!」
猫『それもそうだったわね……何がいいかしら。猫にできることって少ないのよね』
男「じゃあ、そうだね……帰ったら、久々に一緒に寝よっか」
猫『私はいいけど……あなたは大丈夫なの?』
男「あれだ……俺の部屋は暑いから、リビングのソファで……多分、エアコンついてるから、猫ちゃんが傍にいると、丁度いいんだ……!」
猫『……わかったわ。でもいいのかしら、これじゃ私がご褒美をもらうみたい』
男「そんなこと、ないよ……! 帰って、シャワー浴びたら、もうくたくただろうから、お昼寝しよう」
猫『ええ、わかったわ。……がんばって男! 男友が待ってるわ!』
男「よっしゃ……! ラストスパートだっ」
男友「おーい! なーにが、余裕だな、だよ! がはははははは! さっさとこーい!」
男「あんにゃろ! うぉおおおおぉお!」
猫『はい、ゴールね。お疲れ様、男』
男友「もう10分くらい待ったわー」
男「はー、はー。そんなに、時間かかってない、だろ」
男友「はっはっは! そうだな、せいぜい5分くらいだな」
男「こりゃ運動しないとダメだな」
猫『そうね。もっと私と散歩しましょう』
男『うん。そうしよっかな』ナデナデ
男友「俺みたいにスポ根アニメの真似すると体力つくぞ」
男「はは、参考にしとくわ」
家
男「ただいま」
猫「ニャーン」
母「あら、おかえりなさい。汗だくじゃない」
男「うん、ちょっとチャリで爆走してね……シャワー浴びてくる」スタスタ
母「はいはい。猫ちゃん、楽しかった?」ナデナデ
猫『ええ、楽しかったわ』ニャーン!
母「やっぱり暑かったわよねぇ」
猫『確かに暑かったけど、男のおかげで涼しかったわ』ニャンニャン
母「じゃあ、ちょっと待っててね。お水持ってくるから」スタスタ
猫『それはありがたいわね』スタタタ
リビング
男「うおー涼しい……そして眠い」
猫『お疲れ様、男。ほら、早くソファーにきなさい』
男『うん。よいしょっと……あーダメだ座ってられない』ゴロン
猫『ふふ、お疲れモードね』
男『そうだねー……』
猫『私はどこにいればいいのかしら』
男『じゃあお腹の上で』
猫『苦しくない?』
男『余裕だよ。うん、あったかい』
猫『男の余裕って言葉は信じていいのかしら』
男『あはは、確かにあれは余裕じゃなかったねぇ……』
猫『でも、一回も止まらずに登りきったのは格好良いと思ったわ』
男『そっか……なんか猫ちゃんに褒められると、やたら嬉しいね……』
猫『ふふっ、そう?』
男『うん……』
猫『……おやすみなさい、男』
男「おやすみ……猫ちゃん」
妹「あれ? お兄ちゃん帰ってたんだ……あはは、ふたりともいい顔してる」
とある休日 男の部屋
男「猫ちゃん、シャンプーしよっか」
猫『……』
男「前にやってからそこそこ経ったし」
猫『……』
男「さっぱりすると思うよ?」
猫『……やっ』
男「まあそう言わずに」
猫『……冗談よ。そうね、久々にさっぱりしたいわね』
男「その意気だよ猫ちゃん!」
猫『あなたがやってくれるのよね?』
男「うん」
猫『そう、ならいいわ』
男「他の人でも変わらないと思うけど」
猫『男となら意思疎通できるから、安心感が違うのよ。別に母や妹が悪いと言ってるわけじゃないわ』
男「そっか。何かあったらすぐ伝えられるもんね」
猫『そういうことよ。じゃ、行きましょうか』
男「そうだね。……猫ちゃん?」
猫『今行くわよ』
男「……足が動いてないよ?」
猫『そんなことないわ……おかしいわね。この床、動いてるのかしら』
男「はい、じゃあ俺がだっこしてあげるからね」
猫『私、自分で歩けるわ』
男「それだと時間掛かりそうだからねー」スタスタ
風呂場
男「よーし、ブラッシングはしたし、準備オッケーだ」
男「はい、猫ちゃん、シャワー浴びましょうねー」
猫『わかったわ』
男「うん。じゃあシャワーかけるから降ろすよー」
猫『……』
男「猫ちゃん? 俺の身体にしがみついてたら濡らせないよ?」
猫『あら、そうだったわね。私ったらうっかり』
男「あはは、可愛いなぁ猫ちゃんは。じゃ、気を取り直していこうねー」
猫『ええ』ガシ
男「……言葉と行動があってないよー?」
猫『……仕方ないじゃない。苦手なのよ……』
男「そっか。そうだよね。でも、しっかり濡らさないとだめだからさ」
猫『そうなのよね……」
男「うん、がんばろうね」
猫『……わかったわ。優しくしてね?』
男「うん。耳に水が入らないように気をつけるよ」
男「温度は……これくらいかな。じゃあかけるよ」シャー
猫『ひぅ!』ニャン!
男「可愛い悲鳴だ……いや、猫ちゃんが頑張ってるのに、そんなことを思うのはダメだよね……でも可愛い」
猫『ちょっと! ちゃんとやってるの?』ニャーン!
男「うん、順調だよー。もうちょっと我慢してねー」
猫『もう、もういいんじゃないかしら?』ニャーン!
男「ごめんねー。猫ちゃんもふもふしてるから、しっかり濡らさないとダメなんだよね。この首周りとか……」
猫『んーんー。この時ばかりはこのもふもふが憎らしいわ……』ニャーン
男「あはは、そっかー。俺はこのもふもふが濡れてスリムになってる猫ちゃん可愛くていいと思うよ」
猫『ちょっとっ、あなたが私にメロメロなのはわかったから! もういいんじゃないかしら?』ニャーン! ニャーン!
男「そうだねー。……そろそろいいか」キュ
猫『ふぅ。地獄の時間が終わったわ……』
男「お疲れ様。まだシャンプーの後に流すのが残ってるけどね」
猫「ニャーン……」
男「どう、猫ちゃん」シャコシャコ
猫『もう濡れちゃってるから、どうもこうもないわ』
男「そっか。じゃあ余裕だね」
猫『うん……ん、気持ちいいわね』
男「そう? それはよかった」
猫『シャワーさえなければ、シャンプーもいいと思えるのに……』
男「じゃあ湯船に浸かってみようか?」
猫『あなたね、私は水がだめって言ってるのよ』
男「そうだよね。でもさ、水を克服できればシャンプーなんて苦にならなくなるよ?」
猫『そう簡単に克服できたら苦労しないわ』
男「ま、そうだよね」シャコシャコ
男「猫ちゃん、再び地獄の時間だよ」
猫『そうだけど、わざわざ言わないでくれる?』
男「あはは、ごめんごめん。いくよー」シャー
猫『やっ!』ニャン!
男「はい我慢我慢ー。よくすすがないとダメだからねー」
猫『んーんー!』ニャーン!
男「猫ちゃんは我慢できるところが良いよねー」
猫『当たり前じゃない! まだぁ?』ニャーン!
男「もうちょっとだよー。身体の隅々まで流さないとだから」
猫『んーんー!』
男「はい、お疲れ様でした、猫ちゃん」
猫『ふぅ。……ありがとね、男』
男「いいんだよー。これで猫ちゃんまた可愛くなるよ」
猫『そうかしら?』
男「うん。シャンプーした後の猫ちゃん、さらさらもふもふだし」
猫『はやく身体を乾かしたいわ』
男「でも、シャワーをかけられるときの猫ちゃんも可愛くて好きだなー。あんなに鳴いちゃって。くふふ」
猫『やっぱり水は克服したいわね。……一度、あなたとお風呂に入ってみたいのよね』
男「なにその魅力的なお話は! じゃあ次のシャンプーの時にそれにも挑戦してみよっか」
猫『ふふ、そうね』
男「じゃあ出ようか。早く猫ちゃんの身体乾かさないと」
猫『もふもふに戻さなくちゃね』
男「よーし、だいぶ拭けたかな」
猫『そうね』
男「じゃあドライヤー使うよー」
猫『私、これは結構好きなのよね』
男『そうなんだ? 珍しいね』
猫『すぐ乾くからいいじゃない。うるさいのは嫌だけど』
男『俺もうるさいのは嫌だなー』
男『お、どんどんもふもふになってきた』
猫『でもまだ全然乾いてないわよ』
男『そうなんだよねぇ。だてにもふもふしてないよね』
猫『……やっぱり面倒?』
男『あはは、そんなことないよ。確かに時間かかるけど、もふもふなのは良いことだからね』
猫『……そう。じゃあ乾いたら思う存分もふもふしていいわ』
男『くくくっ! いいのかな? 俺にそんなこと言っちゃって!』
猫『ふふっ、構わないわよ』
男「……よーし、オーケーだね。可愛いっ」ダキ
猫『ちょっとっ、ソファーまで行きましょうよ』
男(急に抱きついても嫌がらない猫ちゃん可愛すぎ!)
リビング
猫『ちょっと眠くなってきたわ……』
男『シャンプー大変だったもんねぇ』
猫『そうね……男、なでてくれる?』
男『いいよー。いい手触りだなあ』ナデナデ
猫『ずっとなでてていいわよ?』
男『あはは、じゃあ夕飯の時間まではずっとなでてようかな』ナデナデ
猫『ふふ、まだお昼じゃない』
男『それくらいなでたいってことだよ』
猫『もう、メロメロね』
男『そりゃもう』
猫『ふふっ。……じゃあわたしはねるわ。おやすみ』
男『おやすみー、猫ちゃん』ナデナデ
男「……」ナデナデ
妹「……」ポフ
男「うぉ、妹いたのか」
妹「今日は部活休みだからねー。猫ちゃんシャンプーしたの?」
男「そうそう。さらもふだろ?」ナデナデ
妹「そうだねー。でもわたしもさらさらでしょ?」
男「どうした急に……。そんなこと言ったら俺もさらさらだろ?」
妹「?」
男「え? なんで理解できないみたいな顔してるの?」
妹「ほら、一回頭なでてみてよ、わかるから」
男「スルー? お得意の? どれ、なでなで」
妹「なんかざつー」
男「んなこたない」
妹「なんていうか、なで方に慈しみがないんだよね」
男「それのあるなしがわかるのかい」
妹「わかるよ。今のは慈しみ度13パーセントってところ」
男「そうか……自分では40パーセントくらいのつもりだったけど」
妹「なんで100パーじゃない!?」
男「ほら、俺は人様の頭はなでたことないから」
妹「それと慈しみ度は関係ないけどね」
男「ならどうやったら慈しみ度あがる?」
妹「わたしをたくさんなでるとあがるよ」
男「?」
妹「え? なんで理解できない? ばか?」
男「妹をなでて一体何になるというのか……」
妹「これはプッチンプリン」
男「え? 怒ったってこと? それ俺も使っていい?」
妹「だめー」
男「猫ちゃんならいつもなでてるんだけどなー」
妹「猫ちゃんもふもふだもんね」
男「そうなんだよ。こんなに可愛い猫はいないよ」
妹「でも、こんなに可愛い妹もいないと思うよ」
男「それ自分で言っちゃうー?」
妹「言っちゃうー」
男「じゃあ俺も。こんなに可愛い兄もいないと思うよ」
妹「は?」
男「声のトーン! 怖いよ!」
妹「どこをどうみても可愛い要素はない」
男「あーこれはパッツン前髪」
妹「怒ったの? わかりにくいなー」
男「はは、俺も思った」
男「おっと危ない、あんまり騒ぐと猫ちゃんが起きちゃう」
妹「そうだねー。それにしても、お兄ちゃん。そこから動けないね?」
男「……そうなんだよな。実はそろそろトイレに行きたい」
妹「へー。じゃそこで漏らすしかないね」
男「この年でお漏らしはちょっと」
妹「あははは。じゃ、私が代わりにトイレに行ってくるね」スタスタ
男「なんて奴だ……」
猫『……行ってきていいわよ』
男『猫ちゃん? 起きてたの?』
猫『近くであれだけ喋ってたら起きるわよ』
男『あはは、そっか。ごめんね』ナデナデ
猫『パッツン前髪……なんてひどいセンスなのかしら』
男「うっ」
猫『それと、私はあなたのなでなでは慈しみ度100パーセントだと思ってるわよ。それくらい心地良いわ』
男『あはは、そっか。俺は120パーのつもりだけどね』
猫『ふふっ。それを妹に言ったらどうなっちゃうかしらね?』
男『プッチンプリンって感じで怒るかな?』ニヤ
妹「なにニヤニヤしてるの、お兄ちゃん」
男「おおう!? いやいや何も」
妹「ふぅん? わたしには40パーなのに猫ちゃんには120パーなんだ?」
男「なぜわかった!?」
猫『あなたね、顔に出てるのよ』ニャーン
妹「お兄ちゃん、顔に出てるんだよ」
男「顔からそこまで読み取れる!?」
妹「うん。それはどうでもいいけど、理由はちゃんと教えてね?」
男「」
サイクリングの翌日
男「ふぁーあ。よく寝た……うっ」
男「あ、足が……なんだこれ」
男(やはり避けられなかったか……筋肉痛)
男(うあー久々だなこの感じは。……今日はもう動きたくないな)
猫『おはよう、男』トテトテ
男「おはよう、猫ちゃん」
猫『今日はちょっと遅かったのね。私もうお腹ペコペコよ』
男『やっぱり昨日疲れちゃってさ、昼寝したのに夜もぐっすりだったよ』
猫『それなら仕方ないわね。じゃあ、下に行って朝ごはん食べましょ』
男「そうだね……よいしょっと」
猫『……変な歩き方してるけど、どうしたの?』
男『筋肉痛ってやつだよ。足ががくがくだ』
猫『そうなの……痛い?』
男『くっくっく! 痛いどころか気持ちいいくらいさ!』
猫『ふふ、そう。なら早く下に行きましょう』スタタタ
男「うん。……っつー」
猫『男、遅いわよ』
男『猫ちゃんが早いんだよー』
母「おはよう」
猫「ニャーン」
男「おはようー。ご飯ある?」
母「あるわよ。さっさと食べちゃって」
男「うーい」
男、妹「いただきまーす」
猫「ニャーン」
男「妹、今日部活は?」
妹「お兄ちゃん。わたしもしょっちゅう部活に行ってるわけじゃないよ?」
男「まぁそうだろうけど」モシャモシャ
猫『あなたはいつも家にいるわね』ハグハグ
男『俺もしょっちゅう家にいるわけじゃないよ!』
猫『そう。じゃあ今日もおでかけしましょうか』
男『あっ、今日は家で勉強しなくちゃ』
猫『あら? 私の誘いを断るの?』
男『まっさかー。いいよ、行こうか』
猫『冗談よ。あなた、ほんとうは足が痛いんでしょう?』
男『情けないことに』
猫『私も鬼じゃないわ』
男『猫だもんね』
男、妹「ごちそうさまでした」
猫「ニャーン」
妹「んー、今日は何しようかなー」
男「宿題やっとけよー。最後に泣いても知らないぞ」
妹「その時はお兄ちゃんに頼むから大丈夫」スタスタ
男「お断り」
男「さてと、俺はどうしようかな」スタスタ
猫『勉強するんじゃないの?』
男『いやーだいたい宿題は終わってるからさ。もっかい寝ようかな』
猫『あなたね、その時間の使い方はもったいないわよ』
男『猫ちゃんにそれを言われようとは……』
猫『私は男のことを思って言ってるだけ』
男『そっか。そうだよね。うーん、どうしよう』
猫『私をなでつづけるといいわ』
男『それはもったいなくないんだ?』
猫『とうぜんじゃない。男はもふもふできるし、私は言うまでもなく』
男『それはそうだけどねぇ。あ、そうだ。積んでた漫画でも読もう』スタスタ
猫『ちょっと!』
男『でもやっぱりやめた。俺の部屋暑いし』
猫『賢明ね。ほら、ソファーに座りましょうよ』
男『そうしよっか』
猫『定位置だわ』
男『そうだねー』ナデナデ
猫『ま、夏が終わればもうひとつの定位置もあるけど』
男『あー、そうだねぇ。涼しければ夏でも構わないんだけどね』
猫『そうね。でも今のところずっと暑いわ』
男『これが温暖化なのかねー』
猫『どうかしらね』
父「おーう、息子よ」
男「あれ? 父さんいたの?」
父「今日は土曜だぞ? 男、写真を撮って欲しいって前言ってたろ」
男「あー言った言った。結構前に」
父「だから撮ってやろうと思ってな。今だ! シャッターチャンス!」パシャリ
猫『なに? 何か光ったわよ』
男『カメラのフラッシュだよ』
男「撮るのは猫ちゃんだけで良かったんだけど」
父「お? そうだったのか。じゃ次は猫ちゃんメインで」パシャリ
猫『私はあなたと一緒に写りたいわ。だっこしてくれる?』
男「ごめん。やっぱり俺と猫ちゃんどっちも写るようにしてくれ」ダッコ
父「まかせろ」
男『猫ちゃん、さっき光った方に顔向けてね』
猫『わかったわ』
父「ほれ、撮るぞー。はい、チーズ」パシャリ
猫『チーズって何?』
男『チーズっていうと笑顔になるとかじゃなかったかなー。あんまり深く考えたことないね』
男「撮れた?」
父「バッチリだ。猫ちゃんが驚愕の可愛さで撮れてるぞ」
猫『それは良かったわ』ニャーン
男「それなんだっけ。一眼レブだっけ」
父「おいおいタコメーターじゃないんだぞ。レフだ。外で間違えたら恥ずかしいからちゃんと覚えとけ」
男「うーす」
妹「あれあれー? 何してるのー?」
男「妹、宿題はどうした」
妹「飲み物取りに来たの。それより、お父さん! 写真撮ってたの?」
父「ああ。男が猫ちゃんの写真を撮って欲しいとか言ってきてな。まあ結局ツーショットになったが」
猫「ニャーン」
男「妹も写るか?」
妹「うん! じゃあ隣に座るね!」ポフ
男「そんなに寄らなくても大丈夫だぞ」
妹「いいのいいの」
猫『いいじゃない。私と男だってゼロ距離よ?』
男『それもそうだね』
父「よし、じゃあ撮るぞー! 3、2」パシャリ
妹「えー! カウントするならちゃんとやってよー!」
男「そうだそうだ! ふざけんなー!」
猫「ニャーン!」
父「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか……お茶目な悪ふざけじゃないか……」
妹「全然可愛くないからね」
父「うぐっ!?」
父「よし。撮れた」
妹「ちゃんと撮れたの?」
男「ちゃんと撮れたんだろうな?」
猫『ちゃんと撮れてるのかしら』ニャーン
父「疑いすぎだ! ちゃんと撮れてる! 今から現像しに行ってくるから待ってろ!」
男「別に急ぎじゃないから暇な時でも……」
父「いーや! すぐ現像してやる! お父さんの撮影テクを証明してやるからな」
男「そうかい。じゃ、お願い」
父「おう」スタスタ
妹「すぐムキになるよねー」
男「ほんとにな」
猫『でも、自分の実力を証明する姿勢は良いと思うわ』
男『猫ちゃんも証明するの好きだもんね』
猫『あなたが素直に私の言うことを信じれば、証明することもないんだけどね』
男『そうなんだけどねぇ。だって普段の猫ちゃんは俊敏さのかけらもないから……』
猫『ちょっと。かけらもないは言いすぎよ』
男『うそうそ! いつも素早くて韋駄天みたい!』
猫『かけらも思ってなさそうね』ペシペシ
妹「さてと、宿題に戻ろうかな」
男「そうしろそうしろ。おバカさんじゃないことを証明してくれ」
妹「言われるまでもないよ」スタスタ
猫『こう軽く流すのが正解なのかしらね』
男『えー、そんなの猫ちゃんじゃないよー』
猫『それはそうと。前にゲームセンターで言ったこと覚えててくれたのね』
男『もちろん。だけどあれから3ヶ月経っちゃったね』
猫『そんなこと気にしないわ。あなたが約束を覚えてくれてるだけで嬉しいから』
男『大袈裟だよ猫ちゃん。ほら、俺も猫ちゃんの写真欲しいからさ』
猫『肌身離さず持ってるといいわ』
男『あはは、そうしよっかな』
父「ただいま」
男「早いなおい」
父「お父さんの公道テクなめるなよ。すいすい進むからな」
男「そうか。で、写真は?」
父「ほれ」スッ
男「よっしゃ。どれどれー?」
猫『私も見せて!』
男『いいよー。テーブルに置くからね』パララ
猫『結構撮ってたのね、父』
男『本当だね』
男「いつの間にこんなに撮ったの?」
父「ん? 適当に撮ってただけだぞ。チーズとか言わないで」
男「なるほど。でもフラッシュとか……」
父「フラッシュを焚かなくても撮れるんだよ」
男「まぁそれはそうだろうが……」
猫『男っ、見て! この写真の男の顔! ふふっ、ひどいわねっ』ペシペシ
男「んー? どれどれ……あはははは! こりゃひどい!」
父「はっはっは! なんだこの顔は! こんな不細工はうちにはいないぞ!」
男「息子だろうが! 確かに不細工に写ってるけども!」
猫『これは私が貰いたいわね……私の寝床に置いておいてもいいかしら?』
男『やめとこうね!』
男「うーん……やっぱりこれがいいかな」
猫『私達と妹が一緒に写った写真ね』
父「それは俺も自信のある一枚だ」
男「そっか。確かにいい写真だよ」
父「だろう?」
男「うん、とりあえずこの一枚は貰うね」スタスタ
父「ああ」
猫『男? 部屋に行くの?』
男『うん。猫ちゃんもおいで』
猫『わかったわ』スタタタ
父「我が家の猫は男にベッタリだな。妹もか? それに対して俺ときたら……」
父「……」
父「あれ? ここで母さんが、私がいるでしょ、とか言ってくれると思ったのに」
父「……買い物か」
男の部屋
男「確かここにしまったはず」ガサゴソ
男「あった」
猫『なぁに? それ』
男「これはね……よし、これでオーケー」
猫『あら、素敵じゃない。これが……』
男「そう。前に秘密にしたやつ、写真立て。ま、そんな大したものでもなかったんだけど」
猫『そんなことないわよ。とても良いと思うわ』
男「そう? なら良かった。前から猫ちゃんの写真を飾りたいって思ってたんだ」
猫『そうなの。でも私だけ写った写真じゃ多分物足りなかったわよ。みんなで写ってた方が楽しいわ』
男「そうだね。そんな写真が撮れて良かった」
猫『これがあれば、夏休みが終わって男が学校に行ってても大丈夫ね』
男「……猫ちゃんってそんなに寂しがり屋さんだったっけ?」ナデナデ
猫『いつからこうなっちゃったのかしらね。きっとあなたのせいよ?』
男「そっか。……俺もさ、いつからかはわからないけど、早く家に帰りたくなったよ。これはきっと――」
猫『それは元々でしょ』
男「あれれー?」
男「とりあえず、これは机の上に飾っておこうかな」
猫『枕元には私の写真を飾るといいわ』
男「あははは、それもいいね。猫ちゃんだけの写真も確かあったよね」
猫『男もカメラ覚えたら?』
男「ん? そうだなー。あれ意外と複雑なんだよね」
猫『そうなの?』
男「うん。俺もよくわからないけどさ。それに高いし、壊したら大変だ」
猫『そう……。少し残念ね』
男「うーん。猫ちゃんにそう言われちゃうとなぁ……。あとで父さんに教わってみるかな」
猫『男ならきっと余裕よ、よゆー』
男「余裕? あははははっ! そうだね、猫ちゃんが言うならきっとよゆーだ」
猫『ええ。私が言うんだから間違いないわ。あなたが言う余裕はイマイチだけど』
男「信用ないなーもう。よし、じゃあ早速聞いてくるね」スタスタ
猫『私もそばにいてあげる』スタタタ
男『ありがと。ま、カメラなんてシャッター切れば撮れるんだけどね』
猫『それで私をきれいに撮れるのかしら?』
男『オーケー、しっかり父さんから学ぶとしよう』スタスタ
猫『ふふ。その意気よ』スタタタ
父「もうちょっと妹はお父さんに甘えてきてもいいと思うんだ……」ブツブツ
男「父さん、カメラを教えてくれよ」
父「い、妹? とうとうお父さんのキャメラに興味を……! って男か」
男「妹じゃなくて悪かったな。で、教えてくれるの?」
父「教えない親がどこにいる? 手取り足取り教えてやるから覚悟しろ!」
男「お、お手柔らかに頼む……」
父「いいか? まずカメラの種類について――」
猫『ふふっ。がんばってね、男』
夏休み 早朝
男「ふぁぁあ。よく寝た」
男「しかしこんな時間に起きてもな……」
男「あれ」
男(寄り添ってはないけど、近くにはいたんだね、猫ちゃん)
男「可愛い寝顔だ……」
男「もう一眠りするかね」
猫『……おとこ?』
男「あれ? 起きちゃった?」
猫『ううん、おとこがこのじかんにおきてるわけないわ……』
男「いやいや、今起きてるじゃん」
猫『おとこがおきるまえにでなくちゃね……』
男「おーい。もしかして寝ぼけてる?」
猫『にゃーん』
男(テレパシーで鳴いちゃう猫ちゃん可愛すぎ!)
猫『……さっきのは忘れることね』
男「さっきのって……どれ?」
猫『ぜんぶ! 実は近くに居たこととか、寝ぼけてたこととか!』
男「大丈夫、ぜんぶ可愛かったから! 気にしないよ!」
猫『あなたね……ま、いいわ』
男「うんうん。これからも寝ぼけてるとこ見せてね」ナデナデ
猫『お断りよ。だいたい、淑女の寝顔を見ていいと思ってるの?』
男「えー、だって猫ちゃんって寝てる時間の方が長いじゃない」
猫『そんなこと……あるわね』
男「でしょ?」
猫『ま、私はいいけど、他のレディーには嫌われるわよ』
男「大丈夫! そんな機会ないから!」
猫『自信満々な物言いね』
男「悲しくなってきた……」
男「それにしても完全に目が覚めてしまった」
猫『それは私もよ。あなたのおかげで』
男「ごめんね猫ちゃん。……散歩でも行こっかな」
猫『私も付いてっていいかしら?』
男「もちろん」
猫『ダメって言ってもついてくけどね』
男「俺が猫ちゃんのお願いを断ったことある?」
猫『あるわね』
男「あるよねー」
男「いってきまーす……」ガチャ
猫『この時間は涼しいのね』
男「そうだね。昼間もこれくらいならいいんだけど」
猫『そうね』
男「さてと、今日はこっちに行こう」
猫『あら、公園じゃないの?』
男「うん。今日は目的地があるから」
猫『ふぅん? アニメイトとかいうところ?』
男「違うよ! というかまだ開いてないだろうね、メイトは」
猫『そう。ならどこ? 猫缶屋さん?』
男「あるのかなー、猫缶屋って。違うよ」
猫『うーん、ならどこかしら。……わかったわ! 女の家ね』
男「違うよ!? 行ってどうするの!?」
猫『とりあえず、朝の挨拶ね』
男「それは間違ってないけど、いきなり行ったら不審がられるよ!」
男「そもそも女さんの家どこか知らないからね」
猫『あら? 前に聞いたじゃない』
男「あれだけじゃおおよその位置しかわからないよ」
猫『そう』
男「でも多分このへんだと思うんだよねー」
猫『やっぱり女の家が目的地なんじゃない』
男「たまたま! 方向がたまたま一緒だっただけ!」
猫『そんなこと言ってると、女が出てくるわよ』
男「まっさかー。この会話がフラグだなんてそんなこと――」
猫『なかったわね』
男「内心ビクビクしてたけどね。まったく怖がらせないでよー」
猫『小心者ね』
男「言わないで!」
猫『面白いからそういう会話をしましょうよ』
男「えー。怖いよぅ」
猫『きもいわね』
男「おふ」
猫『あなたは女をどんな人だと思ってるの?』
男「そうだなあ。人気者で可愛くて素直って感じかなー」
猫『えらく高い評価ね』
男「実際そうなんだよ。だからこそ接する機会は皆無だったんだけどね」
猫『ふぅん。それにしても、素直、ねぇ』
男「あはは、単純って言ったほうがいいかな?」
猫『誰が単純バカだって?』
男「うわあ! って猫ちゃん! びっくりしたよ!」
猫『ふふっ、驚きすぎよ』
男「ちょっと喋り方とか似せてくるからさー」
猫『臆病者ね』
男「言わないで!」
男「もう通り過ぎてるんじゃないかな、女さんの家は」
猫『どうかしらね。別に通り過ぎたから出会わないってわけじゃないわよ?』
男「普通こんな時間に外にいないよ。ほら、実際俺と猫ちゃんしか周りにいないし」
猫『……そう思うでしょ?』
男「ひぃー!」
猫『後ろから声をかけてくるかもしれないわ。あれ? 男くん? って』
男「いや、俺的には、あー! もふ猫ちゃん! ってくると思うね」
猫『それもありえそうね。さぁ、果たしてどちらかしら?』
男「やめてよー、その今にも登場します的な煽りは」
猫『仕方ないじゃない、実際いるんだから』
男「えっ?」
猫『だから、あなたの後ろにいるのよ』
男「またまたー! 猫ちゃんったら! その手には乗らないよ!」
猫『ま、それでもいいけどね。あら、女ったら男を不気味そうな顔で見てるわ』
男「ち、違うんだ女さん! これは携帯で友達と電話を――!」
猫『いないわよ』
男「猫ちゃん!」
猫『惰弱なメンタルね』
男「むー!」
猫『きもいわ』
男「女さんが幽霊とかモンスターみたいな扱いになってるね」
猫『あら? 私はそんなこと思ってないわよ。あなたは女をそう認識してるってことね』
男「……違うよ?」
猫『そう。ならいいんだけど』
男「まーでも身構えちゃうよねー」
猫『モンスターと戦闘でもしている気分なのかしら?』
男「あははは、ほんのちょっとはそんな気分もあるかもね」
猫『誰がモンスターだって?』
男「猫ちゃーん! 同じ手にひっかかったよ! めちゃくちゃビビったよ!」
猫『ふふっ、男っておもしろいのね』
男「臆病なだけだよ……」
猫『それもそうね』
男「むむー!」
猫『うぇー』
男「!?」
男「あ、着いた着いた」
猫『ふぅん、ここが女の家なの』
男「違うよ! ここはパン屋さんね」
猫『そう。いい香りがするわね』
男「そうだねー。パン屋さんは早い時間からやってるから」
猫『パンを買うの?』
男「うん。ちゃっちゃと買ってくるから待っててね」タッタッタ
猫『わかったわ』
パン屋
男「どれにしよっかな」
男(とりあえず俺の好きなクロワッサンだな……あとは)
男(あ、妹にも何か買ってくか。あいつは確か……なんだっけ。ま、なんでもいいか)
男(これくらいでいいかな)
「あれ? 男くん?」
男『猫ちゃん、その手には乗らないよ! というか入ってきちゃ――』
男「お、女さん!?」
女「驚きすぎでしょ。奇遇だねー」
男「そ、そうだね。女さんもパンを買いに来たの?」
女「そうそう。ここ家から近いからね。結構来るんだー」
男「そうなんだ」
男(まさか遭遇するとは……フラグ立てまくったせい?)
女「ここのパンどれも美味しいから選ぶの迷っちゃうんだよねー」
男「へー。女さんならいっぱい食べられるんじゃない?」
女「それどういう意味?」
男(やっべ、猫ちゃんをからかうノリで喋ってしまった)
男「いやほら、女さん元気だから」
女「それ関係ある? ま、いいけど」
男(ほっ)
男「あ、猫ちゃん待たせてるから――」
女「もふもふもふ猫ちゃんいるの!? じゃあ私も買ってくるからちょっと待ってて!」
男「あっ……」
「ありがとうございましたー」
男「猫ちゃーん」
猫『遅いわよ。私も家で猫缶食べたいんだから』スタタタ
女「もっふねっこちゃーん!」ギュ
猫『ちょっと! なんでこの女がいるの!?』ニャーン!
男『さっきの会話のせいじゃないかな……』
猫『まさか本当に出るとはね……』
男『出る、って。くふふ。幽霊みたいだね』
猫『ここに男友か妹がいれば、男の思ってることが女に伝わるのに……』
男『怖いこと言わないで!』
女「男くんもあのパン屋さんよく行くの?」
男「うーん、そうでもないかな。たまにだね」
女「そうなんだ。今日はどうして?」
男「たまたま朝早くに目が覚めちゃったからさ、散歩がてら」
女「いいねー、この時間ならまだ涼しいもんね」
男「そうそう」
猫『頑張ってるじゃない、男』
男『へえ。もうギリギリでやんす』
猫『何キャラなのよ……』
男「女さんは夏休みどこか行ったりした?」
女「行ったよー。ネズミの国とか」
猫『良い国ね。狩っていいのかしら』
男『あ、そういう発想?』
男「人いっぱいじゃなかった?」
女「もうすごかったよ。それに暑かったし。楽しかったけどね」
男「そっか。友達と行ったの?」
女「うん。むーちゃんと、まーちゃんと、村田で」
男「あー、そのグループ仲いいもんねぇ」
女「本当は、よっしーとかカッコとかも来る予定だったんだけどねー」
男「それはそれは」
猫『女は友達がたくさんいるのね。一方、男の友達は』
男『おるわい! 少ないけどおるわい!』
猫『私は男友しか知らないわね』
男『……』
猫『……何か言いなさいよ』
女「男くんは何してたの?」
男『うっ、されたくない質問ベスト3に入る質問だ』
猫『ヒキコモリだものね』
男『違うよ! でも遠出はしないんだよね……』
男「男友とドライブとかしてたよ」
女「へー! どっちが免許持ってるの?」
男「男友だよ。海沿い走ったんだけど、なかなか爽快だったね」
女「いいなー。今度あたしも連れてってよ」
男「それは大歓迎だよ。多分、友もそう言うと思う」
女「やった」
猫『あら? これは一歩前進かしら?』
男『社交辞令だと思うなあ』
女「あたしの家ここなんだ。ばいばい、男くん、もふ猫ちゃん」
男「うん、またね」
猫「ニャーン」
男「ふぃー。おだやかな朝が刺激的になったね」
猫『そうね。私も散々もふられたわ』
男「あはは、そうだね。でも女さんと猫ちゃんがじゃれてるのって絵になるんだよねぇ」
猫『あら、じゃあ女の家の猫になろうかしら』
男「それはダメ」
猫『もちろん冗談よ』
男「もちろんわかってるよ」
猫『ふふ』
男「くふふ」
男「それにしてもお腹すいたなー」
猫『そうね。もうお腹ペコペコ。猫缶食べたいわ』
男「帰ったらすぐ朝ごはんだね」
猫『ええ』
男「今日は完璧な朝食だなー。焼きたてのパンがあるから、ミルクもいれよう」
猫『なーにがミルクよ。牛乳でしょ』
男「パン、牛乳。これだとなんか味気ないよ!」
猫『ふふ、そうね』
猫『そろそろみんな起きてるんじゃないかしら。さっさと帰りましょ』
男「そうだね。家まで競争しようか」
猫『先に行くわ!』スタタタタ
男「あ、ずるい!」タッタッタ
「ただいまー!」
「ニャーン!」
夏休み 夜 リビング
男「……すごい雷だな」
男「ま、停電しなきゃいいけど」
母「呑気ねぇ男は」
男「まさかここに落ちるってこともないでしょ」
母「わからないわよー?」
男「えー? ないない」
父「お父さんが雷を落としてやってもいいぞ」
男「おもしろいおもしろい」
父「……」
母「落ち込むくらいなら言わなきゃいいのに」
父「フォローしてよ母さん……」
猫『ねぇ男、外でゴロゴローって鳴ってるけど大丈夫なの?』
男『大丈夫だよ。音が大きくてびっくりするよね』ナデナデ
猫『そうね……』
男『前にね、学校にいるときにこんな天気になっちゃってさ、クラスの女の子が、「
こわいよぅ」って言ったんだ』
猫『やっぱり怖がる子もいるのね。それで?』
男『うん。でもその発言から男子を中心に熱い議論が始まったんだよね』
猫『?』
男『要は、その「こわいよぅ」を可愛いと取るか否かっていう話。俺と友は可愛いサイドについたよ』
猫『そうなの』
男『うん。もうすごかったね。あんなに白熱した議論もなかった――』
~~
「いいか? 普通、雷でそこまで怖がるやつなんていないからな?」
「いいや待て、雷は決して軽いものじゃない。だから先ほどの発言が生まれたのだ」
「否。そんなもん、可愛いアピールに決まってる」
「バカが! 普通そう取られることを恐れ、怖いなんて発言はしないものだ!」
「な、なに!?」
「本当に怖がっているからこそ! その発言が飛び出したのだ!」
「甘いよ! それを見越しての発言だとしたら?」
「くっ! しかしそれを言ったら……」
「ああ、堂々巡りだ。新たな観点からの意見が必要だ」
「可愛さについての見方を変えよう」
「というと?」
「有識者たる君らならわかるだろう。真に可愛いのは、雷を怖がりながらもそれを隠し、気丈に振る舞う女の子であると!」
「これは……」
「ふむ」
「なるほど」
「一理ある」
「しかし待て。そうなると、その女の子は『こわいよぅ』とは発言しないはずだな?」
「はっ!」
「そうだ。元々はあの女子が言った、こわいよぅ発言の是非がテーマ」
「すなわち、今の意見はこわいよぅに対するアンチになったわけだ」
「くそっ! 墓穴を掘ったか!」
「しかし、『雷を怖がる女の子』の可愛さを追求する上ではとても有益な意見だったと言える」
「そのとおりだ」
「彼に拍手を」
パチパチパチパチパチパチパチパチ――――
~~
男『その後は先生も交えて議論したんだけど、結局はそれを言った人次第っていう結論になったよ』
猫『ありきたりね』
男『ほんとそうだよね。というか、途中からどういう仕草をしたら可愛いかって話になってたなー』
猫『……男、そろそろ部屋に行きましょう』
男『いいよー。眠いの?』
猫『ええ』
男の部屋
猫『……男。私、ほんとうは雷が怖いの』スリスリ
男「ん、んー?」
猫『ゴロゴローって音で眠れないわ』
男「あ、あれ? そうなんだ……?」
ゴロゴロ ゴロゴロ
猫『きゃっ』
男「えー?」
猫『男、ぎゅってしてくれる?』
男「それはもちろん」
猫『うん……やっぱりおちつくわ。ずっとこうして欲しいくらいね』
男「そ、そう?」
猫『ええ。……もう下ろして大丈夫よ』
男「うん」
猫『雷が鳴ってるうちは、ずっとなでてくれる?』
男「もちろんいいよ」ナデナデ
猫『どう? 可愛かったかしら?』
男「あはははは! 演技ってわかっても可愛いね」
猫『ふふっ。ぜんぶ本心よ?』
男「もう、なんて言ったらいいか。猫ちゃんは猫をかぶっても許されるね」ナデナデ
猫『当たり前じゃない。猫なんだから』
男「そうだよねー」
ゴロゴロ ゴロゴロ
猫『ひぅ!』
男「……え?」
猫『……なにかしら?』
男「いや、何か悲鳴が聞こえたような……」
猫『気のせいでしょ』
男「そっか、そうだよね」
猫『ええ。……今日はここで寝てもいい?』
男「うん? いいよ。猫ちゃんが暑くないなら」
猫『そう、よかったわ。……雷が怖いわけじゃないわよ?』
男「うん、わかってるわかってる」
猫『あなたは雷が怖いでしょうから、私がそばにいてあげるわ』
男「ありがとね、猫ちゃん」
猫『どう? 雷を怖がりながらも気丈に振る舞う私は』
男「また演技!? そっちも可愛いね!」
猫『どっちがあなた好みなの?』
男「選べない!」
猫『言い切ったわね……』
ゴロゴロ ゴロゴロ
猫『……』ビクッ
男「今のは大きかったなー。近くで落ちたのかな?」
猫『ええ、ちょっとびっくりしたわね』
男「びくってなったもんね」ナデナデ
猫『あなたもなったわよ』ペシペシ
男「バレてた?」
猫『寄り添ってるんだから、わかるわよ』
男「それもそうだね」ナデナデ
コンコン ガチャ
妹「お兄ちゃん。うるさいよ」
男「めんごめんご! 猫ちゃんが可愛くてつい」
猫『私のせいにしないでくれる?』ニャーン
妹「……まーいいけど。今に始まったことじゃないし」
男「はっはっは! で、なに?」
妹「べっつにー? ただ暇なだけー」
猫『……もしかして妹』
男「まさか妹よ」
妹「雷は怖くないよ」
猫『あら、違うの』
男「そうだよな」
妹「ただ、この雷に共鳴してるだけ」
猫『?』
男「妹! それはまさしく中学2年生の――!」
妹「ま、冗談だけど。暇だからお話しようよ」
男「えー、そろそろ寝ようと思ってたんだけど」
猫『そうね』スリスリ
妹「早くない? ほら、雷鳴ってるし、どうせ眠れないよ」
男「いやいや、そんなに気にならないから」
妹「むー」
猫『男と違って可愛いわね』
男「むー」
妹、猫「『きもー』」
男「少しだけな。俺明日も忙しいからさ」
妹「ふーん?」
猫『初耳ね』
男「いやほら、友から遊びの誘いがあるかも」
妹「ないない」
男「言い切るんじゃない」
ゴロゴロ ゴロゴロ
妹「きゃー!」ダキ
男「……嘘だろ?」
猫『……まず疑うあなたもどうかと思うわ』
妹「うん、全然怖くないよ。かみなりなんて命中率70だし」ギュー
男「高いわ」
猫『急にかみなりが怖くなってきたわね』スリスリ
男『大丈夫だよー猫ちゃん』ナデナデ
妹「ちょっとお兄ちゃん。なんで猫ちゃんをなでるの?」
男「いやだって、妹は雷怖くないんだろ?」
妹「もちろん」ギュ
猫『そうは見えないけどね』
男「しかしなんだ、抱きついてくるってことは、ほんとは怖いのか?」
妹「ううん。ただお兄ちゃんで遊びたかっただけー」
男「だよなー。妹が雷怖がってる記憶ないもんなー」
猫『ふぅん。そうなの』
ゴロゴロ ゴロゴロ
妹「じゃ、わたし部屋戻るね。おやすみー」
男「おやすみ」
猫「ニャーン」
ばたん
猫『……ほんとうに妹は雷が平気なのね』
男「うん。あいつが怖いのって虫くらいじゃないかな」
猫『ふぅん。私は何が怖いかしら……』
男「猫缶がなくなることじゃない?」
猫『それは確かに怖いわね……ってあなたね』
男「あははは! ノリがいい猫ちゃん可愛いっ」
猫『もうっ』ペシペシ
男「お、雷の音が聞こえなくなったね」
猫『止んだのかしら』
男「多分ね」
猫『……そう』
男「どうかした?」
猫『……雷、鳴りやんだけど、ここで寝てもいい?』
男「あはは、そんなこと? さっき言ったとおりだよ、おいで」
猫『ありがと。……おとこ?』
男「ん?」
猫『きょうみたいな日はそばにいてね』
男「もちろん。……やっぱり雷苦手なの?」
猫『さいしょにいったわよ。本心だって』
男「そっか。可愛いなぁ猫ちゃんは」ナデナデ
猫『ふふっ。おやすみ、おとこ』
男『おやすみ、猫ちゃん』
公園
男「木陰のベンチって意外と涼しいんだよねぇ」
猫『そうね。セミがうるさいけどね』
男「このセミの声がアニメ声だったら……」
猫『きっとアニメ声が嫌いになるわよ』
男「やっぱりそうなっちゃうかなー。アニメ声でミーンミンミンって鳴いてたら……」
猫『きもいわね』
男「おふ」
猫『木陰だから涼しいけど、それでも暑いわね。なんで外に出たの?』
男「それはほら、出不精改善だよ」
猫『あら、そうなの。いい心がけね』
男「うん。だから猫ちゃんは家に居てもいいよ? 暑いでしょ?」
猫『それだとあなた一人で退屈でしょう? だから付き合ってあげてるのよ』
男「そっか。ありがとね、猫ちゃん」
猫『いいのよ。私のためでもあるし』
男「うん?」
猫『退屈になるのは男だけじゃないってこと』
男「そっか」ナデナデ
猫『……もしかして、私がついてきちゃったから公園に来たの?』
男「んー? 元々行くあてはなかったよ」
猫『それならいいんだけど……もし私が入れないところに行く予定だったなら行ってきていいわよ? 家で待ってるから』
男「仮にそんな予定があっても猫ちゃんとのデートを取るね。一人よりふたりだよ」
猫『そう……。ばかね、男は』
男「えー、そうかなあ?」
猫『ふふっ、照れ隠しよ』
男(可愛すぎ!)
猫『それにしても男? あなたのデートって公園ばかりね?』
男「ごめんね、俺にはこれくらいのプランしか組めないんだ……」
猫『冗談よ。私、猫だものね。それにこのお散歩ルート気に入ってるから』
男「そっか、よかった。猫ちゃんって犬っぽいところあるよね」
猫『一緒にしないでくれる?』ペシペシ
「ねぇ、さっきから誰としゃべってるの?」
男「おおう!?」
猫『知り合い? この子』
男『いやー知らないなー』
男「お兄ちゃんはね、この猫ちゃんと喋ってたんだよー」
「えー、猫はしゃべれないよ」
男「ふっふっふ! お兄ちゃんは天才だからね、猫ちゃんと意思疎通できるんだよ」
猫『天才、ねぇ』
「へー」
男「お嬢ちゃん、信じてないね?」
「うん」
男「ならば証明しよう! カモン猫ちゃん!」
猫『カモンって、もうここにいるじゃない』
男「とりあえず、俺の膝に乗ってくれるかな?」
猫『仕方ないわね……』ノソ
「あー! すごーい!」
男「だろー?」
猫『暑いから戻るわよ』トテトテ
「ほかには? なにかないの?」
男「ほか? そうだなー……」
猫『ちょっと、私あんまり動きたくないわ』
男「ごめんねぇ、猫ちゃん、暑くて気怠いモードなんだ」
「そうなんだ……だいじょうぶ?」ナデ
猫『大丈夫よ』ニャーン
「かわいいっ!」
男『おー、いい笑顔だ。この子は将来美人になるな、きっと』
猫『ちょっと、やめなさいよ』
男『いやいや! 純粋な気持ちだから!』
「ばいばい猫ちゃん! と、お兄さん!」
猫「ニャーン」
男「ばいばーい」ヒラヒラ
男「……お兄さん、か。いいな……」
猫『妹がいるんだから、妹に呼ばせてみたら?』
男「あーだめだめ。あいつに今そう呼ばれても笑っちゃう」
猫『ふぅん。そういうものなの』
男「そういうものだよ。俺が猫ちゃんのこと猫様って呼んだらおかしいでしょ?」
猫『あら? 意外と悪くないわよ?』
男「そ、そうかな? い、いや、俺は猫ちゃんの方が似合ってると思うな!」
猫『ふふっ、冗談よ。うろたえすぎ』
男「もー」
猫『きもいわね』
男「おふ」
「あら、可愛い猫ねぇ。こんにちは」
男「こんにちは。ええ、自慢の猫ちゃんです」
猫『知り合い?』
男『いやー知らないんだなこれが』
「隣、いいかしら」
男「ええ、どうぞ」
「うちの猫とは大違いねぇ」
男「そうなんですか?」
「ええ。黒猫だから」
男「なるほど。確かに正反対ですねー」
猫『あなたは白派よね?』スリスリ
男『もちろん』ナデナデ
「……懐かれてるのね。見ていてとても微笑ましいわ」
男「僕が猫ちゃんにメロメロなんですよ」
「うふふ、そうなの?」
猫『そうよ。ねぇ、男?』ニャーン?
男「ええ、そうなんですよ。あまりの可愛さにノックアウトされまして」
「確かに真っ白で可愛いわねぇ」
男「ええ。でもちょっと食いしん坊で」
猫『あなたね、私の前でそれを言う?』ペシペシ
「ふふふ、この猫ちゃん、まるで言葉がわかるみたいね」
男「あはは、きっとわかってますよ」
男「そろそろお昼かー」
猫『さっきの人もお昼をつくるために帰っちゃったわね』
男「そうだねぇ。品の良いおばさんだったなー」
猫『ええ。私のもふもふの良さがわかる淑女だったわ』
男「気に入ってたねー」
猫『それより。意外とあなた喋れるじゃない』
男「それはほら、学校と違ってああいうのはそれっきりだからさ。気楽なんだよね」
猫『ふぅん。そうなの』
男「そうそう。まーでも近所だったらまた会うかもだけどね」
男友「なーにぶつぶつ言ってんだ?」
男「おおう!?」
猫『あら、サイクリング以来ね』ニャーン
男「なんだ、友か」
男友「なんだとはなんだ!」
男「なんだとはなんだとはなんだ!」
男友「なんだとはなん、あ、もういいや」
男「くくっ! 俺の勝ちだな」
猫『小さい勝負ね』
男友「で、なにしてんの」
男「見てわかるだろ? 猫ちゃんとデートだよ」
猫『あんまり堂々と言われると照れるわね』
男友「猫とデート……? それはデートとは言わないだろう」
男「なに!?」
猫『ま、仕方ないわね』
男『猫ちゃん!?』
男友「どれ、俺も座るか」ドッカリ
男「3人目は友だったか」
猫『少女、淑女、巨漢ね』
男『くふふ! アンバランス! いやむしろバランスとれてる?』
猫『ふふ、どうかしらね。次は誰かしら?』
男『あはは、流石にもう来ないんじゃないかな?』
男友「3人目ってなんだ。他に誰か来たのか?」
男「ああ。少女と淑女が来た」
男友「ほう? あぁ、その猫に惹かれてきたんだろ」
猫『そうなるのかしらね』
男「あーそうだな。少女の場合は俺が独り言を喋ってたってのもあるけど」
男友「外で独り言とか恥ずかしいぞ男」
男「うるさいわい! 周りに誰もいないと思ってたんじゃい!」
猫『私はいるの気付いてたけどね』
男『教えてよ!』
男友「昼飯食った?」
男「いや、まだ」
男友「どっか食いに行かないか?」
男「えー、外食はちょっとなー。それに猫ちゃんもいるから」
猫『行ってきていいわよ?』
男『いや、猫ちゃんおいてきたくないし、外食もそんな好きじゃないから』
猫『そうなの?』
男『うん。高いんだもん』
男友「そうか……あ、じゃあ俺が何か買ってくるからここで食おう。それならいいだろ?」
男「ああ、それならいいよ。悪いな」
男友「気にするな。あの長い坂に付き合ってもらったしな」
男「じゃあこれ。おにぎりと飲み物を適当に頼む」チャリン
男友「おう。ちょっくらスーパーまで行ってくるわ」
男「チャリ?」
男友「そうだよ。少し待ってろ」タッタッタ
男「おーう」
猫『男友はなんでここに来たのかしらね?』
男「ほんとにね? あとで聞いてみるか」
男友「おーう買ってきたぞー」
男「早いなー。サンキュー」
男友「ほれ」ガサ
男「おー! やっぱりツナマヨは鉄板だよなー」
男友「だよな。男、おにぎり何個食う?」
男「2個でいいわ」
男友「足りるのか?」
男「足りるんだなこれが」
猫『少食なのね。男友みたいに大きくなれないわよ?』
男『いやーもう成長止まってると思うなぁ』
男友「よし、ちょっと水飲んでくる」
猫『男、私もお水飲みたいわ』
男「あ、俺も行くわ」
男友「あん? お茶買ってきたぞ?」
男「いや、猫ちゃんが水飲みたいみたいだから。あと手洗いたいし」
男友「そうか。ま、すぐそこだしな」
男友「あー生き返るわー!」
男「めちゃくちゃ飲んだな。飯食えるの?」
男友「余裕だろ。俺の胃袋をなめちゃいけない」
男「そうかい。どれ、猫ちゃんの水を入れるか」
猫『お願いね』
男友「そういう容器いつも持ち歩いているのか?」
男「まあ。今日も暑いし」ジャー
男友「暑いよなー。猫は木陰にいてもいいんだぞ?」
猫『あら、お気遣いありがとう。でもいいのよ、気にしなくて』ニャーン
男「お気遣いありがとうだって」キュ
男友「がははは! 可愛いなこいつぅ!」ナデリ
猫『大きい手ねぇ』
男「よーし、食うか」
男友「なんだかピクニックの気分だな」
猫『むさ苦しいピクニックもあったものね』
男「紅一点の猫ちゃんがいなかったらとんでもないことになってるな」
男友「がははは! むさ苦しすぎるな! あ、そういえば」
男「なんだ? ……まずは昆布だな。いただきます」
男友「俺は先発明太子。あの後、女さんと何喋ったんだ?」
猫『男が教科書を取りに行った日のことかしら』
男「んなもん。友の悪口に決まってる」
男友「なんだと!?」
男「冗談だ。というか友、よくも俺を一人にしてくれたな!」
男友「いやいやしゃーないだろ。道が違うんだから」
男「ちょっとくらい寄り道したっていいじゃないか……」
男友「俺は録画したアニメを見るのに忙しいんだ」
男「友達よりアニメを取るってのか!?」
男友「いやいや、そんな二択を迫るような話でもないだろう。どうだった?」
猫『男がひたすら受け身になってたわ』ニャーン
男「……俺がひたすら受け身になってたよ」
男友「なんだ柔道の練習でもしたのか」
男「違うわ!」
男友「やっぱあれだよなー。共通の話題がないとなー」
男「全くそのとおり。あの時は猫ちゃんの話しかしなかったし」
猫『そうね。でもパン屋の時は頑張ったじゃない』
男「そうそう。パン屋で女さんと会ったんだよ」
男友「おー? なんだ? そのエンカウントは」
男「いやー俺もびっくりしたよ。そこから少し話をしてさ」
男友「どんな話?」
男「女さんが村田さん達とネズミの国に行ったって話を聞いた」
男友「村田……? ああ! あのスラッガーみたいな女子な」
男「そうそう。……あ、そうだ! 友とドライブしたって話したら今度連れてってよって言ってたぞ」
男友「おー!? なんだそれは、期待していいのか!?」
男「でも連絡先を知らないという」
男友「俺も知らんぞ! どうしようもないじゃないか!」
男「でも家の場所はわかったよ」
男友「……あんまり意味ないだろ」
男「だよなー」
猫『チキンね……』
男友「いつになったら女友達ができるんだ……」
男「俺が知りたい……」
男友「抑えは梅だ」モグモグ
男「俺はツナマヨ」モグモグ
猫『お水ね』ペロペロ
男『……』
猫『……なによ?』
男『猫ちゃんが水飲んでるとこ可愛いなーと思って』
猫『そんなのいつも見てるじゃない』
男『そうだけどね、外だからかな。なんか新鮮』
猫『そんなに変わらないわよ』
男友「お、うちの高校のやつらが歩いてるな」
男「部活帰りかな。こんな暑いなか大変だなー」
男友「あれはテニス部か? 可愛い子が多いわ」
男「おー本当だな。はは、日に焼けてる。健康的だな」
猫『あら? 今は美白が良いって言うじゃない』
男『確かにねー。でもああいうのもアリだよ』
猫『ふーん』
男『もちろん俺は白い方が良いけどね』ナデナデ
猫『とうぜんね』
「先輩、ちょっとタオル濡らしに行ってきてもいいですか?」
「いいよー。あたしベンチで待ってるから」
猫『何か聞き覚えのある声が聞こえたけど』
男『ん?』
男友「おい男、こっちに向かって歩いてきてるのは……」
男「え? お、おい、まさか……!」
猫『これはおもしろくなってきたわね……!』
女「あー! もふ猫ちゃん! と男くんと男友くん!」
男『4人目はまさかの女さんだったか……!』
猫『良かったじゃない。今こそ連絡先のひとつも交換したら?』
男『切り出せない!』
猫『そこは頑張りなさいよ……』
女「ここでお昼してたの?」
男「そうそう。ピクニック気分だよ」
女「いいねー。ここ座ってもいい?」
男友「どうぞどうぞ」
女「ありがと。もふ猫ちゃーん。こっちおいでー」
猫『遠慮しておくわ』
男友「行かないな」
男「行かないね」
女「うぅ……なんでなの……?」
猫『今もふられたら暑いわ』ニャーン
男「暑いからだって」
女「そうなの……? 男くんは猫ちゃんの気持ちわかるんだ」
男友「テキトー言ってるだけかもよ?」
男「はっはっは! さぁ、どうかな?」
猫『ふふっ、まさかほんとうに意思疎通できてるとは思わないでしょうね』スリスリ
男『ねー』ナデナデ
女「仲良しでいいなー、男くんと猫ちゃん」
男友「俺とも仲良いよなー猫?」
猫『ま、そうね』トテトテ
女「えっ!? なんで男友くんの膝には乗るの!?」
男「あはははははははは!」
女「男くん! 笑ってないで教えてよー!」
男「女さんはなんで学校に?」
女「勉強しに行ってたの。そのついでに後輩の練習も見たり」
男友「バスケ部だっけ?」
女「そうそう。もう引退したけどね」
猫『妹と同じ部活ね』
男『そうだね』
「せんぱーい!」
女「あ、後輩ちゃん忘れてた。ちょっと行ってくるね」タタタ
男友「……やっぱり女子と喋るのは新鮮だなおい」
男「そうだな。なんか喋ってるだけで満足だな」
男友「だなー。別に無理して距離縮める必要ないわなー」
猫『満足するの早いわね……』
男『男だけで遊んでるとこうなっちゃうんだ……』
「あ、お友達なんですか。わかりました、私先に帰りますね」
「うん、ほんとごめんねー」
男友「おい、聞いたか?」
男「聞いた。なんだ、俺達もう友達だったんじゃないか」
男友「あれは天使か?」
男「俺も見るのは初めてだけど、多分あれが天使だ」
猫『というかね、あなた達が引っ込み思案すぎるのよ』ニャーン
女「たっだいまー」タタタ
男、男友「おかえり」
猫「ニャーン」
女「何の話してたのー?」
男友「スラダンの好きなキャラの話を」
女「スラダン! 二人は誰が好きなの?」
男「俺は田岡」
男友「魚住」
女「湘北がいない!? ならあたしは水戸を推すね!」
男、男友「バスケ部じゃない!?」
男友「あ、そうだ。女さん、アドレス交換しない?」
男『自然すぎ! なんだこいつ天才か!?』
猫『驚きすぎ。男も流れに乗りなさい』
男「あ、俺も俺も」
女「そうそう! あたしも交換したいって思ってたの! いっつも聞きそびれちゃってさー」
猫『ようやく一歩前進かしらね』
男『そうだね! 家族以外で女の人のアドレスが俺の携帯に入るなんて、もう夢のようだ……!』
猫『小さい夢ねぇ』
男「女さんはお昼食べた?」
女「ううん、まだだよー」
男友「ならおにぎり食う? 惣菜パンもあるよ」ガサ
女「え? いいの?」
男友「いいよいいよ。俺らもう腹いっぱいだから」
男「そもそも買いすぎだろ、これ」
男友「男が思ったより少食だったから」
男「いやいやそれ関係なしに多いわ」
男友「いやな? 今日はバイト代が振り込まれる日でな。そのテンションで買い物したわけよ」
男「じゃあなんだ、今日は金を下ろしに行ったのか?」
男友「そうそう、その帰りにここに寄ったわけ。ってわけで女さん、無駄になっちゃうから食べてくれないか?」
女「そういうことなら頂こうかな! ありがとー、男友くん」
猫『いっぱい食べると太るわよ』ニャーン
男『くふふふ。それは猫ちゃんもでしょ?』
猫『一緒にしないでくれる? 私は運動もしてるわ』
男『そうだよね。そんなこと言ったら運動不足は俺だよね』
猫『そうね。ちょっと動いたらすぐ筋肉痛だものね』
男『散歩くらいなら大丈夫だよ!』
女「……男くんって時々ぼーっと猫ちゃんのこと見てるよね」
男友「そうだなー。まあベタ惚れみたいだし」
女「あはは、そうなんだ。……すごく優しい顔してる」
男友「こういうのを見ると、ペットと過ごしたくなるんだよなー」
女「わかる! 羨ましいよねー」
男「あれ、何の話? ちょっと聞いてなかった」
男友「んなもん。男の悪口に決まってるだろ」
男「えぇっ!? そうなの女さん!?」
女「へっへっへ!」
男「なにその悪そうな笑い方!?」
女「人の話はちゃんと聞いてないとだめだよー?」
男友「そうだぞ。まったく男は……」
男「それは悪かったけど!」
猫『まったく、だめだめね男は』ニャーン
男『猫ちゃんも言っちゃう!?』
猫『私は女たちの話も聞いてたわ』
男『え、そうなの? どんな話してた?』
猫『ふふっ、さぁ、どんな話かしらね?』
男『猫ちゃーん!』
男友「まーた猫に夢中になってるよ。学習しないな男は」
女「ふふ、ほんとだね」
8月31日 男の部屋
男「猫ちゃん。来てしまったよ」
猫『なにが?』
男「夏休みの最終日だよ。明日から学校が始まるんだ……」
猫『そうなの……。それは残念ね』
男「あれ? いつもなら、まったくヒキコモリね男は、なんて猫ちゃんなら言いそうなものだけど」
猫『だって、学校が始まったらあなたで遊ぶことができないじゃない』
男「……俺で?」
猫『あら、間違えちゃったわ。あなたと、ね』
男「間違いならいいんだ、うん」
猫『ええ、間違いよ。……はぁ、明日から男で遊べなくなっちゃうのね……』
男「また間違ってるよ! 俺と! でしょ!」
猫『あら、ごめんなさい。なにかしらね、深層心理がそうさせるのかしら』
男「心の奥ではそう思ってるんだ……」
猫『ま、今日は今みたいに男で遊べるからいいわ』
男「すでに遊ばれてた!?」
猫『あなたの今日の予定は?』
男「特にないんだよねぇ」
猫『そう。なら私とお話しましょう』
男「いいよー」
猫「ニャーン。ニャーオ」
男「!?」
猫「ニャーン」
男「……にゃーん」
猫『……なに言ってるの?』
男「どうすればよかったの!?」
猫『これくらいわかってくれてもいいんじゃないかしら』
男「ご、ごめんね」
猫『ちなみに、さっきのは男のダメダメなところを言ったのよ』
男「そうなんだ……。ヒキコモリとか?」
猫『あら、よくわかったわね。正解よ』
男「嬉しくないよ!」
猫『まあ、確かに難しかったわよね』
男「もう全然わからなかったよ」
猫『でもね? 男は意思疎通できるようになる前から、私の気持ちを察してくれてたわよ?』
男「そう?」
猫『ええ。例えば…………やっぱりやめとくわ』
男「え、なになに? 教えてよー」
猫『気が変わったの』
男「えー。なんだろう……あ、わかった!」
猫『言わなくていいわ』
男『あれでしょ? お腹空いた時! それはわかったなー』
猫『……当たってるけど。あなたね、デリカシーに欠けるわよ』
男「これは失礼しました」
猫『言っておくけど、それだけじゃないからね?』
男「そうなの? えー、なんかあったかなあ……」
猫(……だっこしてって鳴いたらすぐだっこしてくれたのに。もう。忘れちゃったのかしら)
猫(ま、教えるつもりもないけど。ちょっと恥ずかしいものね)
猫『それはそうと、さっきのあなたのにゃーんは何のつもり?』
男「い、いや、特に意味は」
猫『そう。私の前で言うのはいいけど、外ではやめとくことね』
男「きもかったのは自覚してる!」
猫『あらそう。それなら良かったわ。ええ、心底そう思うわ』
男「……」
猫『ちょっと、拗ねないでよ』スリスリ
男(ちょっと焦ってるのも可愛い)ナデナデ
猫『あなたはにゃーんとか言わなくていいわ』
男「オーケー」
猫『じゃあ、もう一度ね』
男「よし、次は会話を成立させるよ」
猫「ニャーオ、ニャーン」
男「猫ちゃん、朝ごはんはさっき食べたでしょ」
猫『違うわよ!』
猫『やっぱりダメね男は』
男「ごめんねぇ」
猫『男は私のこと全然わかってない!』
男「ん、ん?」
猫『……』
男「……そんなことないって!」
猫『いいえ、わかってないわ! もうあなたなんてうんざりよ……私、この家を出るわ』
男「ちょっと待ってよ猫ちゃん! 話し合おうよ!」
猫『もうあなたには愛想が尽きたの……今までありがとう、そしてさよなら』スタタタ
男「だから待ってって!」ダキ
猫『ちょっと! 離してよ!』
男「嫌だ!」
猫『あなたね……! あ、空にUFOが!』
男「えっ!? どこ!?」パッ
猫『さよならっ!』スタタタタタ
男「はっ! 猫ちゃーん!!」
猫『これくらいテレパシー無しで会話できたら文句なしね』
男「このシチュエーションには文句あるけどね」
猫『あら? やっぱり私には逃げられたくない?』
男「当たり前」
猫『ふふっ、逃げないから安心しなさい』スリスリ
猫『ま、本音を言えばテレパシーで十分すぎるけどね』
男「そうなんだ?」
猫『さっきのも男で遊びたかっただけだもの』
男「また遊ばれてた!? 小悪魔さんめ!」
猫『私、一度は泥棒猫って呼ばれてみたいのよね』
男「泥棒猫かあ……どこかでお魚でも取ってきちゃうのはどう?」
猫『そういう泥棒じゃないわ』
男「あはは、そうだよね」
コンコン ガチャ
妹「お兄ちゃーん! ちょっとお願いがあるんだけどぉ」
男「お断り」
妹「まあそう言わずにさー」
猫『話くらい聞いてあげなさいよ』
男「夏休みの宿題以外の話なら聞こう」
妹「……」
男「……おバカさん!」
妹「うぇーん、だってぇ」
男「何が残ってるの」
妹「……数学」
男「頑張れよ。ほら行った行った」
妹「手伝って!」
男「……しょうがないな、下行くか」スタスタ
猫『私もついていくわ』スタタタ
妹「さっすがお兄ちゃん!」トテテテ
妹「うーん……」カリカリ
男『猫ちゃん、これは泥棒猫って言われるチャンスかもよ』
猫『……なるほどね。でもそれだと妹がかわいそうじゃないかしら』
男『大丈夫、ある程度見てからにするから』
猫『そう。わかったわ。……ちょっと楽しみね』
男『くふふ、俺もだよ』
妹「お兄ちゃん、何ニヤニヤしてるの」
男「おおう!? いやいやなんでもないよ」
妹「ふーん。ところでこれなんだけど……」
男「おいおいこれは俺も楽勝だったぞ? これはだな――」
1時間後
猫「ニャーン!」
男「どうしたの? 猫ちゃん」
猫「ニャーオ」
男「うんうん、オーケーわかったよ」
妹「何がわかったの?」
男「猫ちゃん、お散歩したいんだって。ってわけだから行ってくるわ」
妹「ちょっと待ってよー。まだ宿題残ってる」
男「それは後でまた見てやるから、それじゃな」
猫「ニャーン」
妹「えー! ちょっとお兄ちゃん!」
猫「……ニャーン?」
妹「猫ちゃん? まだお兄ちゃん借りてていいかなー?」
猫「」プイ
男『あはははははは! ナイス演技だね猫ちゃん』
猫『でもなかなか言ってくれないわね』
男「ごめんな妹。可愛い猫ちゃんのお願いは断れないんだ」
猫「」スリスリ
妹「……お兄ちゃんのバカ!」
男「俺!?」
妹「それ以外に誰がいるの!?」
男「いやほら、猫ちゃんもいるじゃん?」
妹「猫ちゃんに言うわけないでしょ!」
男「あぁ……」
猫『これは失敗ね』
男「冗談だよ。宿題見てやるから」
妹「もう! びっくりさせないでよー」
男「はは、悪い悪い」
猫『妹が言わなかったらもう誰も言ってくれないでしょうね』
男『だねー』
猫『男を泥棒するのは簡単なのにね』
男『あはは、確かに。俺、猫ちゃんにメロメロだもんね』
猫『簡単すぎて心配になっちゃうわ。他の猫になびかないか』
男『それは大丈夫だよ』
猫『どうかしらね。前に黒猫を見て目を細めてたじゃない』
男『そんなこともあったかなー?』
猫『もうっ……でもこんな男に盗まれちゃってるのよね、私も』
男『……可愛すぎ!』モフモフ
猫『あっ、ちょっと!』
妹「ちょっとお兄ちゃん! 猫ちゃんもふってないでここ教えてよー!」
9月中旬
男「ただいまー」
猫『おかえり、男』
男「猫ちゃんのお出迎えも日常になったなぁ」
猫『違うけどね。この場所が居心地いいだけだから』
男「そうなんだ?」
猫『……わかってるくせに』
男「あはははは! 可愛いなぁ猫ちゃんは!」ダキ
猫『んっ』
男「それじゃソファーに行きましょうねぇ」スタスタ
猫『それより、あなた着替えてきなさいよ』
男「おっと、それもそうだね。勝負服に着替えてくるね!」タタタ
猫『あなたの勝負服はジャージなのね……』
リビング
男「今日も疲れたなぁ」
猫『最近帰ってくるのが遅いわね』
男「うん。近々、文化祭とかいう謎のイベントがあってね」
猫『謎……?』
男「それの準備やら何やらで忙しいんだ」
猫『ふぅん。あなたは何をやるの?』
男「うちのクラスは、なんか喫茶店的なものだよ」
猫『なんで曖昧なのよ……』
男「猫ちゃんのこと考えててあんまり話を聞いてなくてさー」
猫『私のせいにしないでくれる? でも奇遇ね、私も家であなたのこと考えたりするわ』
男(可愛すぎ!)モフモフ
猫『もう、急にもふるのやめなさいよ』
男「ま、当日は女子がコスプレとかするみたいだから、男は裏方にまわってれば大丈夫だし」
猫『あなたもコスプレしたら?』
男「いやいや猫ちゃん。俺はそれよりバンドとかに憧れちゃうなー」
猫『やればいいじゃない』
男「何も楽器できない……メンバーがいない……」
猫『ダメねぇ』
男「でも文化祭でライブをするっていう妄想は鉄板なんだよね」
猫『妄想なのね……』
男「うん。俺の妄想だと、まず俺はピアノ」
猫『ふぅん?』
男「で、友はドラム。女さんがサックス」
猫『女もいるのね』
男「妄想だから。で、あとベースとかトランペットとかトロンボーンとかを連れてきて」
猫『連れてくるのが大変そうね、あなただと』
男「も、妄想だから。それでビッグバンドをやると」
猫『普通のバンドじゃないのね』
男「スウィングガールズが好きなんだ」
猫『アニメ?』
男「映画だよ」
猫『あなたが映画を見るなんて……アニメ映画?』
男「実写!」
男「それか人数減らして猫ちゃんがボーカル」
猫『私、鳴くことしかできないけど』
男「猫だけにスキャットでいける!」
猫『上手くないわ』
男「うっ」
男「妄想だとめちゃくちゃ楽しいんだけどねぇ」
猫『……』
男「猫ちゃん?」
猫『ごめんなさい。男が不憫で』
男「不憫!?」
猫『ま、何にしても私にはあんまり関係ないわね。行けないし』
男「リュックも難しいだろうしなぁ。ごめんね」
猫『謝る必要なんてないわ。そのかわり、文化祭のことちゃんとお話してね』
男「うん、もちろん」
猫『あなたがトイレに篭ってたとかそういう話はいらないからね』
男「そういう心配!? 大丈夫、ちゃんと参加するから」
猫『それならいいわ』
猫『文化祭が終わるまで帰りは遅くなるのかしら?』
男「あーうん、そうだね。俺はさっさと帰りたいんだけどねぇ」
猫『そうなの。ま、仕方ないわよね』
男「ごめんね」
猫『そう思うなら、私のことをたくさんなでることね』
男「お安い御用だよ」ナデナデ
猫『……これだといつもと変わらないわね』
男「あはは、そうだね」
猫『でも、やっぱりこれが一番なのよね』
男「そっか。まあ、俺の唯一の特技だもんね」
猫『私限定の、ね』
男「でも一回ほかの猫にも試してみたいんだよなぁ」
猫『あなたね、そういうの浮気って言うのよ』
男「う、浮気!?」
翌日 朝
母「あんた時間大丈夫なの?」
男「そろそろ行くよ」
猫『今日も文化祭の準備をするの?』
男『うん、やるだろうねぇ』
猫『そうなの……ま、しっかりやってくるといいわ』
男『うん。でもまあ、そんな夜遅くとかにはならないよ』
猫『そう。……勘違いして欲しくないから言っておくけど、別に寂しいってわけじゃないからね?』
男『わかりやすい! できるだけ早く帰るよ』ナデナデ
猫『ふふっ、無理しなくていいわ。いってらっしゃい』ニャーン
男「うん。いってきます」ガチャ
母「いってらっしゃい」
高校
ざわざわ がやがや
男「仮にも受験生だよな、俺達」
男友「まあな」
男「それなのにこの文化祭に対する気合の入りよう」
男友「最後だからじゃないの」
男「そうか……」
男友「あ、そういえば俺バンドやるから」
男「はぁ!?」
男友「うっそぴょ~ん」
男「……」
男友「ま、ちゃっちゃと仕事終わらせて帰ろうぜ」
男「それはいいけど、俺達って何するの?」
男友「……あれ?」
男「まさかのフリーか」
男友「もう帰るかおい」
女「フリーなわけないでしょ」
男「おおう!?」
男友「女さん。しかし仕事が……」
女「今から買い出し行くから、一緒に行こ?」
男、男友「御意」
男「女さんひとり?」
女「うん。本当は友ちゃんを誘おうと思ってたんだけど、男手が二人いるならいいかなって」
男友「ふぅ。助かったな」
男「ああ」
女「なんで?」
男「そこは察しましょう」
男友「我々のようなはずれ者に女子というものは……」
女「あはは、頑張りなよー。意外と話せると思うけどなー」
男、男友「いやいや」
男「ホームセンターに着いたね」
女「よーし! 乗り込めー!」タタタタ
男友「俺、この買い出しが終わったら……どうしよっかな」
男「帰るんだろ」
男友「そうだったわ」
女「ちょっとー、盛り下げないでよー」
男、男友「よっしゃあ行くぜええええええええ!」ダダダダ
女「あっ! 待ってよー!」タタタタ
女「ねぇ、こっちとこっち、どっちの色がいいかな?」
男「飾り付けのやつ?」
女「そうそう。あたしはこっちの――」
男友「待って女さん。ここは一斉に言おう」
男「ふっふっふ! なるほど、俺達の相性が試されるというわけか」
男(前に猫ちゃんとこんなことあったなー。今思い出しても楽しい)
女「面白そう! やろやろ」
男友「よっしゃ。じゃあ行くぞ、せーのっ」
男 「青!」
男友「青!」
女 「ターコイズブルー!」
男、男友「!?」
女「……あのね? あれは商品にそう書いてあったから」
男友「普通は青」
男「青だよなぁ。それか水色」
女「だーかーら! そう書いてあったの!」
男友「ターコイズブルー……」
男「ターコイズブルーなぁ……」
女「……この青色の方でいいね! はい決まり!」
男友「ああ、そのターコイズブルーの方でいいよ」
男「意見自体はみんな一緒だったからね。そのターコイズブルーの方でいいと思うよ」
女「うふふ、ふふふふふふ」
男友「やっべー、女さん怒ってる」
男「俺達顔面ターコイズブルー」
男、男友「ひゃはははははははは!」
女「ほんとに怒るよ!?」
女「よーし、頼まれてた買い物は終了!」
男「おつかれー」
男友「よし、帰るか。……家に」
女「学校にね! ほら、行くよ!」
男、男友「うーっす」
高校
男「ふぃー戻ってきたか」
男友「そしてまた手持ち無沙汰に」
男「やっぱ帰るか」
男友「そうだな」
女「だーめ」
男「女さん。いつの間に背後に……!」
男友「やはり絶を……!」
女「違うからね。ほら、あの辺の飾り付け手伝って」
わいわい がやがや
男「……我々があそこに? いや友はいけるか」
男友「いや、俺もあのサッカー部のグループとは話したことない。あそこはチャラい連中に任せましょうや」
女「もー弱腰だなぁ。ほら! 行くよ!」ガシ
男「あーれー」ズルズル
男友「俺を引きずるとはなんたる膂力……やはり強化系」ズルズル
――
―――――
男「いやー結構遅くなっちゃったな」
男友「でも楽しかったな。あのサッカー部の連中いいやつだったわ」
男「だな。喋ってみると違うわな」
女「でしょ? だからもっと積極的になった方がいいよー」
男友「肝に銘じておきます」
男「右に同じ」
女「うんうん。そうして」
男友「じゃあ俺こっちだから。じゃあなー」
男「おーう」
女「ばいばーい」
女「文化祭楽しみだねー」
男「そうだね。女さんもコスプレするの?」
女「するよー。猫ちゃんみたいな猫耳つけるんだー」
男「へーそうなんだ。見たいかなー?」
女「なんで疑問形なの!? でもちょっと恥ずかしいんだよね、あれ」
男「コスプレってそんなもんじゃない?」
女「着物とか着る子もいるんだよ。それと比べると猫耳はちょっとねー」
男「じゃあ女さんはウボォーギンのコスプレをしよう」
女「ふふ、ふふふふふふ。男くんはそんなにあたしを怒らせたいんだ?」
男「うそうそ!」
男「それじゃあね、女さん」
女「うん、また明日。ばいばーい」
男(ふー。前よりは普通に話せたかな)
男(青春汁が迸るぜまったく)
男(今までが灰色すぎたか)
男(ま、今はそんなことよりも)
男(ダッシュ!)
たったったった――
男「ただいまー!」
猫『おかえり、男。……どうしたのよ、そんなに息荒くして』
男「ちょっと、運動不足解消に、ランニングをば」
猫『……ふふっ。そうなの、いい心がけね』
男「でしょ? ふー、よし着替えてこよ」
猫『早くしなさいよ。私もうお腹ペコペコなんだから』
男「あれ? 待っててくれたの?」
猫『そうよ。だから早く』
男「オーケー。速攻で着替えてくる!」
男(走った甲斐があったなー)
猫(待ってた甲斐があったわね)
食卓
男「いただきまーす」
猫「ニャーン」
母「今日は遅かったのねぇ」
男「うん。文化祭の準備があったから」モグモグ
猫『ちゃんと働いたの?』
母「ちゃんとやったの?」
男「ちゃんとやりました! 買い出しとかね」
母「へぇ、あんたがねぇ」
猫『ほんとよね。友達だって男友しかいないのに』
男「今日で仲良くなった人とかいてさ、かなり充実したよ今日は」
猫『あら、すごい進歩ね』
母「それは良かったわ。ようやく友くん以外の友達ができたのね。よよよ」
男「よよよじゃないよまったく」
母「あ、私お風呂入ってくるわ。それ余ったらラップして冷蔵庫に入れといて」
男「うーい」
男「ごちそうさまでしたっと」
男「そういや妹はどうしたんだろう」
猫『部屋にいるわよ』
男「あ、そうなんだ」
猫『何か用でもあるの?』
男「ううん」
猫『そう』
男「そういえばさ、女さんが猫耳つけて接客するんだって」
猫『猫ぶるわけね。まさか男、それに興味が』
男「あるんだよねぇ正直」
猫『それは女だから? それとも猫耳だから?』
男「んー? 両方?」
猫『二股ね』
男「二股!?」
男「女さん、コスプレするの恥ずかしいって言ってたからさ、どんな接客するのか見たいんだよね」
猫『あら、それは面白そうね』
男「でしょ? 普段は元気いっぱいな女さんがやるから面白い」
猫『そうだわ、どうせ猫耳をつけるなら尻尾もつけさせなさい』
男「あーいいねぇ。もしかしたらそれも込みかも」
猫『それで四つん這いになれば完璧よ』
男「それはやらないだろうけどねぇ」
猫『猫を演じるならこれくらいやってもらわないと』
男「でも語尾ににゃんは」
猫『だめ』
男「あはは、こだわるねー」
猫『だって、ねぇ?』
男「うん、わかるよ。でも猫ちゃんがテレパシーでもにゃんにゃん言ってたらすごく可愛いと思うけどなぁ」
猫『……言わないわよ?』
男「ちょっと揺らいだ?」
猫『……ちょっとね』
男「はははっ! 可愛いなぁもう!」ナデナデ
猫『文化祭っていつなの?』
男「明日から二日間だよ」
猫『ふぅん』
男「でも文化祭は準備する時が一番楽しいって言うよね」
猫『あなたもそうなの?』
男「そうだねぇ。結構楽しかったよ」
猫『良かったじゃない。それならもっとその話聞かせてくれる?』
男「もちろん! それじゃ、部屋行こうか」スタスタ
猫『ええ。あなたの布団の上で聞きたいわ』スタタタ
男「今日はそのまま寝る?」
猫『そうしたいわね。男がよければだけど』
男「いいに決まってるよ。もう涼しいし」ガチャ
猫『そう、ありがと。とっても嬉しいわ』
男「あはは、そっか」
猫『これであなたの話が退屈だったらすぐ眠れるもの』
男「そういう理由!? 今日は寝かせないよ!」
猫『ふふっ。期待してるわ』
男「よーし、じゃあ最初は友と女さんとで買い出しに行った話から――」
とある夜 男の部屋
猫『ねぇ、男。夏休みが終わってから結構時間経ったわね』
男「そうだね。あぁ、戻りたい夏休みに」
猫『そう。そんなことより、もうだいぶ涼しくなったと思わないかしら』
男「あー確かに。もう半袖一枚だと肌寒いねぇ」
猫『夜なんて特にそうでしょう?』
男「うんうん」
猫『……私と一緒に寝たらあたたかいと思わない?』
男「……くふふふ! 猫ちゃん、随分遠回りしたね?」
猫『うるさいわね。もう暑くないんでしょう?』
男「そうだね。もう全然」
猫『そう。ならこれからは男の布団で寝るから』
男「……」
猫『……だめ?』
男「……あはははは! 可愛すぎ! ダメなんて言うわけないじゃん!」
猫『もう! なら早く答えなさいよ!』
男「だって、猫ちゃんそわそわしてるからさー、それを見てたくてね」
猫『悪趣味ね、男は』ペシペシ
男「いやー、久しぶりってわけでもないけどやっぱり嬉しいなー。猫ちゃんと寝るのは」
猫『ふふっ。これからは毎日よ?』
男「最高だ」
猫『私も嬉しいわ。だから、もう寝ましょう?』
男「えっ? 流石にまだ早い……」
猫『なぁに?』
男「いえいえなんでも。よいしょっと」ゴロン
猫『ふふ』モゾモゾ
男「猫ちゃん、もう眠いの?」
猫『全然眠くないわ』
男「あれ? そうなの?」
猫『ええ。でもいいじゃない別に』スリスリ
男「そうだね。俺が起きてるか寝っ転がってるかの違いだけだもんね」
猫『そうよ。それに、こっちのほうが男が近くていいのよ』
男「ああ、目線の高さとか?」
猫『そう。いつも下から見上げてるから』
男「そっかそっか」ナデナデ
猫『……』モゾモゾ
男「ちょ、ちょっと猫ちゃん、どこに潜り込んでるの」
猫『男のシャツの中? ……あなたなんでこんなダボダボなの着てるのよ』モゾモゾ
男「サイズ間違ったの! くすぐったいよー!」
猫『……ここが出口ね』
男「出口っていうか、俺の首元ね」
猫『ふふっ』カプ
男「ね、猫ちゃん! 首もくすぐったいんだよー!」
猫『あら、ごめんなさいね』ペロペロ
男「わかってやってる!?」
猫『当たり前じゃない』カプ
男「ふぉおおおおおお!」
男「……猫ちゃん?」
猫『なぁに?』
男「いやあの、ずっとそこに居られるとちょっと苦しいかなーって」
猫『あら、私が重いって言うの?』
男「いやいやまさか」
猫『ならいいじゃない』
男「う、うん。……Tシャツの中狭くないの? 猫ちゃん」
猫『ええ、余裕だわ。……なんだかあなたに包まれてるみたいで居心地がいいのよ、ここ』
男(なに言っちゃってるのこの猫ちゃんは!)ギュー
猫『んっ。ちょっと、急に抱きしめないでくれる?』
男「ごめんね! ついね!」
猫『そう。なら私も』カプ
男「ふぉおおおお! だから猫ちゃん! 首はくすぐったいよー!」
猫『ふふっ、ごめんなさい。つい、ね』
猫『ふぅ、堪能したわ』
男「そ、それはよかった」
猫『たまにはこっちに潜りこむのもいいわね』
男「はは、サイズを間違えた恩恵がこんなところにあるとは」
猫『良かったわね。有効利用できて』
男「してるのは猫ちゃんでしょ?」
猫『そうだったわね』
猫『わたし、そろそろ寝るわ』
男「そっか。おやすみ、猫ちゃん」
猫『……なでて?』
男「おっとごめんねぇ」ナデ
猫『ん……おやすみ、おとこ』
男「おやすみ、猫ちゃん」
とある夕方 リビング
男「はぁ、お腹ぺっこりん……」
猫『きもい。いいえ、きもすぎるわ』
男「言いながら自分でもそう思った……」
男「晩ご飯まで1時間はあるよなぁ……」
猫『何か食べたら?』
男「うーん。俺この時間にあんまり間食したくないんだよねぇ」
猫『ふぅん。なら我慢しなさいよ』
男「ごもっとも……何か暇つぶしできないかな」
猫『私とお話してるじゃない』
男「そうだねぇ。これ以上は高望みかなー」
「ただいまー!」
男「お? 妹が部活から帰ってきたみたいだ」
猫『そうみたいね』
男「……よし! 隠れよう!」
猫『なんで?』
男「いいから!」
妹「ただいまーってあれ? 誰もいないの?」
男『……猫ちゃん。声出しちゃダメだよ?』
猫『それはわかってるけど……隠れる意味は?』
男『暇つぶしだよ』
猫『そう。……それにしても、テーブルの下なんてすぐバレそうなものだけど』
男『こういうところがかえって盲点なんだよ猫ちゃん。灯台下暗しって言うでしょ?』
猫『はいはい。そうかもしれないわね』
男『ところで俺のこのポーズ、猫ちゃんと同じじゃない?』
猫『あなたのは土下座してるようにしか見えないわ』
男『!?』
妹「おかしいなぁ。テレビついてるのに」
猫『あなた……隠れる気あるの?』
男『そこまで本気でもないよ。ちょっとしたスリルを味わいたいんだよ』
猫『ふぅん。……でもそうね、少しドキドキしてきたわ』
男『でしょ?』
猫『ええ、あなたと密着してるから』
男『えっ!?』
猫『う、そ』
男『だまされた! 可愛い!』
猫『だいたい、いつもくっついてるじゃない。だっこしたり』
男『確かにねぇ』
猫『見て、すぐ近くに妹の足があるわ。ふふっ。意外とバレないものね』
男『本当だ。くくっ、愚かな妹め』
妹「お兄ちゃん部屋にいるのかな。ま、いっか。テレビ見ようっと」ポフ
猫『……ソファーに座っちゃったけど。あら、スカートが』
男『おかしい。そこに座れば確実に妹の視界に入るはず』
猫『もうバレてるんじゃない?』
男『わかっていてスルーしていると? なるほど、確かに妹はスルーが得意だ』
猫『もう出ましょうよ』
男『でも待って。そうなると出るときに何かしたい』
猫『例えば?』
男『猫ちゃんの声を真似しながら這い出るとか』
猫『なるほどね。いいんじゃないかしら』
男『でもなぁ。妹のスルー力は半端じゃないからなぁ。スルーされたらめちゃくちゃ恥ずかしい』
猫『そうね。滑稽すぎて笑えるわね』
男『だよねぇ。無難にのそっと無言で出ようか』
猫『シュールね。何してるの? って感じだわ』
男『やっぱり何かしらのアクションが必要だろうか』
猫『あなたの好きなようにしなさいよ』
男『うーん。まさかここまで考えさせられるとは……妹、侮りがたし』
猫『早く決断したほうがいいわ、じゃないと――』
妹「お兄ちゃん。いつまでそこにいるの?」
男『!?』
猫『ま、こうなるわよね』
男「妹……わかってたならもっと早く言ってくれても」
妹「だってバレバレなんだもん。かえって言いづらいよ。あれ、猫ちゃんもいるじゃん」
猫『付き合わされたのよ』ニャーン
妹「わたしだけ仲間はずれは嫌だよ。お兄ちゃん、ちょっと詰めて」
男「えっ? みんなで隠れてどうするの?」
妹「お母さん今買い物に行ってるでしょ? ほら、早く」
男「おおう、ちょっと狭くないか?」
妹「狭くない狭くない。くっつけば大丈夫」
男「うーん。狭いなぁ」
猫『男、足がはみ出てるわ』
男『おっと、気を付けないと』
男「というか、いつ帰ってくるんだ……? それまでは隠れなくてもいいんじゃないか?」
妹「だめ!」
男「頑なだなぁ」
ガチャ
「ただいまー」
妹、男(来たっ!)
猫『……おなかすいたわ』
母「……テレビがついてるのに誰もいないのね」
母「ふ……消しときなさいよ、まったく」ピッ
男『今笑わなかった? でもまだバレてないみたいだ』
猫『わからないわよ。さっきの妹みたいにスルーしてるのかも』
男『妹にどの時点でわかったのか聞いとけば良かったね』
猫『もう手遅れね。ここで声を出したら一発よ』
男『そうだね。……しかし狭い。妹がくっつきすぎなんだよなぁ』
猫『狭いからしょうがないじゃない。それより、妹がまずいわ』
男『えっ?』
妹「」プルプル
男『あ、こいつ声出しちゃだめっていう環境で笑いが込み上げてきちゃうタイプだ』
猫『難儀な性格ねぇ』
男『お、母さんが台所に行った。少し休めるね』
台所
母「あー疲れたわ。牛乳が重いのよねぇ」
母「まっ、そんなことより! さっき安く買ってきたスイーツでも食べようかしらね!」
テーブル下
妹「お兄ちゃん、聞いた?」ヒソヒソ
男「ああ。スイーツだってね」ヒソヒソ
妹「お母さん、ずるい」
男「今なら間に合うぞ」
妹「お兄ちゃんはいらないの?」
男「うん。俺甘いのはそんなに」
猫『あれが猫缶だったら飛び出すんだけどね』
男『母さんが猫缶食べてたら俺も飛び出すよ』
妹「うーうー。どうしよう……」
「どっちから先に食べようかしらねぇ。迷っちゃうわぁ。プリン、いえプディングから食べようかしらね!」
男「プリンともう一つ何かあるみたいだぞ、妹よ」
妹「でも、お母さんどっちも食べる気満々だよぉ」
男「今なら片方は救える」
妹「でもでも、ここで出てったら負けを認めたみたいに……」
男「ならないから。行ってこい」
妹「……うん!」ノソノソ タタタ
猫『あなた……行かせたわね?』
男『尊い犠牲も必要なのだ……』
「お母さん! 何買ってきたの?」タタタ
「うふふ、お母さんの勝ちね」
「えっ? ま、まさか、お母さん……!」
「ええ。スイーツなんてないわ。嘘っぱちよ」
「!?」
テーブル下
男『やはりな……母さんの巧みな罠だったわけだ』
猫『ねぇ。それってもう隠れてるのがバレてるってことよね?』
男『そうだね。でもこうなると出るタイミングが――』
「なんてね。スイーツじゃないけど、梨はあるわ」
「あ! 本当だ! わたし梨だいすきなんだよねー」
男『なんだと!?』
猫『男?』
男『梨は俺も大好物なんだ……! 二人占めなどさせん!』タタタタ
猫『ちょっと男、それも罠かも……って聞いちゃいないわね』
「母さん! なんでも梨があるとかないとか!?」
「はいお兄ちゃんも負けー」
「男なんて簡単よ」
「え……じゃあ梨は……」
「「ないよ」」
「…………ちくしょおおおおおおおお!!」
猫『……ばかねぇ』ニャーン
文化祭
女「お、お帰りなさいませ! ご主人様!」
男「猫耳メイドとは恐れ入る」
男友「すっげーなおい。俺も客として行きたいわ」
女「見てないで働いてよ!」
男友「どれ、ほかのクラスを見て回るか」
男「オーケー」
女「あたしも行くー!」
男、男友「その格好で?」
男「行く先々で注目を浴びるんだけど」
女「宣伝も兼ねてるからね」
男友「堂々としてるな女さんは」
女「最初は恥ずかしかったけどね」
男友「お、お帰りなさいませ! ご主人様!」
男、男友「ひゃはははははは!」
女「怒るよ!?」
男「ライブは欠かせないな」
男友「もう旬すぎてるのにけいおんパロってるのがいるぞ」
女「ねぇねぇ、けいおんって面白いの? 前にCMで見たけど」
男友「いいか、女さん。まず日常系というものの在り方から」
女「あ、始まるよ!」
男、男友「おーっ!?」
「丸の内サディスティックで鍵盤ハーモニカがいないってダメだろ! 誰か代わりはいないのか!?」
女「男くん!」
男友「行けっ!」
男「いやいやなんでよ!」
女「お化け屋敷……こわいよぅ」
男、男友「!?」
女「なんてねー! あたしがこういうの怖がるキャラだと思った?」
男、男友「いや全然」
女「それはそれでなんかなー」
女「じゃ、あたし戻るねー」
男友「おーう」
男「がんばってねぇ」
女「他人事みたいに言ってるけど、男くん達も仕事してよね」
男友「よし、オークション会場に行くぞ。ほら、この覆面持っとけ」
男「おう。……ってオークション?」
男友「知らないのか。こういうイベント時にのみ競りに出される亀郎の写真を」
男「亀郎ブランド!? ってことは……!」
男友「ああ、そういうことだ」
女「これから打ち上げあるみたいだよ! 行くよね?」
男「え? あぁどうしようかな」
男友「男よ。いつもなら帰ってるところだが、今日は積極的に行こう」
男「……だな! 俺達も行くよ、女さん」
女「よしよし! わかってきたね!」
「おーい! 行くぞー!」
女「はーい!」
男、男友「おーう!」
男「って感じだったよ、昨日の文化祭は」
猫『楽しめたみたいでなによりだわ』
男「うん、すごく楽しかったよ。いやーほんとに」
猫『良かったわね。それを聞けて私も嬉しいわ』
男「あはは、そっか」
猫『でもね? 文化祭の最中は心中穏やかじゃなかったわ』
男「え」
猫『男が文化祭で柄にもなくテンションを上げてた時、私はどんな気持ちでいたと思う?』
男「……お腹すいたなーって気持ち?」
猫『ばかにしないでくれる?』
猫『あなたが女の猫耳でハァハァしてる時、私はとっても退屈だったわ』
男「いやあの、ハァハァはしてな」
猫『あなたたちがライブで盛り上がってる時、私は独り寂しくお昼寝してたわ』
男「そ、そっか。あれ、母さ」
猫『男がよくわからない写真を買ってる時、私はあなたを思いながら空に浮かぶ雲を見ていたわ』
男「買ってないよ! っていうか俺をおも」
猫『男が打ち上げで皆と騒いでる時、私はあなたの布団にもぐりこんでごろごろしてたわ』
男「え、それもかわ」
猫『とにかく! 男は文化祭で楽しんだ分、私を楽しませる義務があるわ!』
男「りょ、了解です猫ちゃん。何かして欲しいことある?」
猫『……。そう言われると……』
男「ないんだ! あははははは!」
猫『だって! なでなでとかだっことかいつもしてもらってるから!』
男「そっかそっか。可愛いなぁ猫ちゃんは!」モフモフ
猫『んっ。だからっ! 急にもふらないでって言ってるでしょ!』
男(ヒートアップしてる猫ちゃん可愛すぎ!)モフモフ
猫『だいたい、あなたが考えなさいよ。私が楽しめそうなことを』
男「そうだね。じゃあ公園に散歩しに行かない?」
猫『出たわね。いつもの公園デート』
男「うっ」
猫『まさかいつもと同じってことはないんでしょう? 場所は同じでも』
男「え……? いつもと同じ予定だったけど……?」
猫『あなたね、少しは趣向を凝らしなさいよ。私はいいけど、これが女とか男友とかだったら飽きられちゃうわよ?』ペシペシ
男「それはまずいね! ちょっと待って、何か考える!」
猫『とは言ったけど、私は別にいいのよ? そのいつもやってることが気に入ってるから』スリスリ
男「……優しいなぁ猫ちゃんは」ナデナデ
猫『ま、あなたにそこを期待するのは可哀想だものね』
男「はは、ははははは」
猫『ふふっ』
男「趣向を凝らすとしたらどんな感じだろう」
猫『そうね……ちょっとルートを変えてみるとか』
男「それくらいなら余裕だよ。あ、でもなぁ」
猫『なによ?』
男「いや、あのルートは車とか人通りが一番少ないルートなんだよね」
猫『ふぅん、そうなの』
男「そうなんです」
猫『なぁに? そんなに私とふたりきりになりたいの?』
男「そうだねぇ、それもあるけど、独り言してると思われたくないからねぇ」
猫『あなたね、そこは素直にうなずいておきなさいよ』ペシペシ
男「そう! 猫ちゃんとふたりっきりになりたいからだよ」
猫『もう遅いわよ』
男「ミスったなー! ……もう一回聞いてくれる?」
猫『ふふっ、いやよ』
猫『いつもどおりでいいわよ。公園に行って、ベンチで日向ぼっこ』
男「ここは男のプライドが……!」
猫『というかね、私は早くあなたとお出かけしたいの』
男「よし! これは今後の課題だね! いこっか猫ちゃん」
猫『得意の先送りね』
男「えぇっ!? やっぱり今から考」
猫『今のは私が悪かったわ。早く行きましょ』
男「もー猫ちゃんったら冗談きついんだからー」
猫『きもいわね。先に行くわ』スタタタ
男「あ、待ってよー!」タタタ
「いってきまーす!」
「ニャーン!」
9月 夜 男の部屋
男「中秋の名月ってのを見たい」
猫『なによそれ』
男「俺もよく知らないけど、まぁ満月のことだよね」
猫『ふぅん。見ればいいんじゃないかしら。そこの窓から』
男「うん、それもいいんだけど、外に見に行かない?」
猫『あなたが行きたいって言うなら付き合うわよ』
男「そっか、ありがとう!」
猫『ま、あなたが外に出るのはいい傾向だものね』
男「結構出不精は改善してきたと思うけどなぁ」スタスタ
猫『まだまだよ』スタタタ
バタバタバタバタ
男「母さん、ちょっと散歩行ってくる」
母「夜なのに? 物好きねぇ」
猫『ほんとよね』ニャーン
母「ほら、猫ちゃんも同意してくれたわ」
男「そうかもね。……前にもこんなやりとりした気がする」
猫『そうかもね』
母「車に気をつけるのよ」
男「うーい」
男「いってきまーす」
猫「ニャーン」
男「よーし、今日はいつもと違う公園に行こっか。パン屋さん近くの」
猫『あら? ちょっとは趣向を凝らしたの?』
男「ちょっとはね。あっちの公園までの道のりの方が静かでいいんだ」
猫『ふふっ。なんで静かな方がいいのかしら?』
男「そりゃもう、猫ちゃんとふたりっきりがいいからだよ」
猫『キメ顔がきもいわね』
男「いま顔見てなかったでしょ!」
猫『なんだか夜なのに明るいわね』
男「今日は雲が少ないから月明かりで明るいねぇ」
猫『良かったわね。真っ暗だと男の不審者っぽさが増すものね』
男「不審者!?」
男「秋の夜ってなんだか虫の声がよく聞こえるよね。いや夏も聞こえるかな」
猫『そうね』
男「こういうの結構好きなんだよねぇ」
猫『ふぅん。捕まえてきたら?』
男「いやーこれが実際目の前にすると嫌なんだよねぇ」
猫『虫なんて大したことないじゃない』
男「うーん、あれだよ。虫のフォルムが気持ちわるい」
猫『虫好きに怒られるわよ』
男「そんなの羽蛾くらいだよ」
猫『そんなわけないでしょ……っていうか誰よ』
猫『男。女の家よ』
男「うん、そうだね。公園まで行くにはここを通るからね」
猫『ちょっと訪ねてきて』
男「無茶振り! 無理!」
猫『もう。面白くないわね』
男「猫ちゃんとふたりっきりがいいんだよ」
猫『なにかしらね、さっきとニュアンスが違って聞こえるわ』
男「だってまだ慣れてないからさー。それにこんな時間だし」
猫『まったく、キモオタなんだから……時間は仕方ないにしても』
男「うぐっ」
猫『ま、私もあなたとふたりきりの方がいいわ。さっきのは冗談よ』
男「ほっ」
猫『キモオタは冗談じゃないからね?』
男「おふ」
公園
猫『いつも行ってる公園と比べると小さいわね』
男「そうだねぇ。でも、ここにはバスケのゴールがあるんだよ。ほら、あれ」
猫『ほんとうね。妹とここでバスケットをやったりしたの?』
男「うん。最近はないけどね」
猫『女もここで練習とかするのかしらね』
男「やってるかもね。近いし」
猫『男、あそこにベンチがあるわよ』
男「お、じゃあ座ろっか」
猫『あなたが座ってくれないと私の居場所がないわ』
男「あはは、そうだね。……はい、猫ちゃんおいで」ポンポン
猫『ええ』ピョン
男「……静かな夜だね」ナデナデ
猫『そうね』
男「……まるで俺達ふた」
猫『ロマンチストぶってるんじゃないわよ』
男「早くない!?」
猫『で、どうなの? 中秋の名月を見た感想は』
男「うん、満月だねーって感じ。なんかカタツムリ見た日を思い出すね」
猫『ふふ、そうね。母に物好きって言われたりね』
男「そうそう。……あの時は猫ちゃんを怒らせちゃったんだよね」
猫『そうだったわね。でも本気で怒ったのはあの時くらいよ』スリスリ
男「そっか」ナデナデ
男「そういえばさ。喧嘩するほど仲がいいって言うよね」
猫『……そうなの?』
男「らしいよ? 俺と猫ちゃんって喧嘩しないよね」
猫『だって、あなた怒らないじゃない』
男「怒るようなことを猫ちゃんがしないからだよ」ナデナデ
猫『ふぅん? なら何をしたら怒るのかしら?』
男「うーん。やっぱり猫ちゃんと同じで無視かなあ」
猫『あなたの場合、私が無視したら落ち込みそうだけど』
男「確かにー! 普通に凹んじゃうねきっと」
猫『でも安心していいわ。無視なんて私ができないもの』
男(可愛すぎ!)
猫『そもそもね。私、あなたと喧嘩なんてしたくないわ』
男「そうだよね。俺もそうだよ」
猫『その割には私を怒らせるようなことばかり言ってるけど?』
男「あー、それはね?」
猫『なによ?』
男「怒ってる猫ちゃんが可愛いからだよー!」ダキ
猫『なによそれ! って怒りにくくなったじゃない!』
男「すでにちょっと怒ってる! 可愛い!」ギュー
猫『あなたね……! ああもう、どうしたらいいのかしら』
男「あはははは! そのままでいいんだよ、猫ちゃん!」
男「月にかわっておしおきよ!」ビシ
猫『……なに言ってるの?』
男「いや、一度言ってみたくて……」
猫『男なんかに代わられる月が可哀想だわ』
男「そこまで!?」
男「あの人もどこかでこの月を見てるのかな」
猫『そういうのって女の台詞じゃないかしら。さっきのも。きもいわよ』
男「いやー、これも一度言ってみたくて……」
猫『だいたい、あの人って誰よ。女? 男友?』
男「いやいや、特には想定してないよ」
猫『なら私ってことにしておきなさい。はいはい、私も見てるわよ』
男「猫ちゃんは猫だけどね。でも猫ちゃんってことにしておくよ」ナデナデ
猫『それでいいわ。特に嬉しくもないけどね』
男「あ、じゃああの黒猫にしようかな」
猫『それは絶対だめ』
猫『それにしても……月が綺麗ね』
男「……くふふふふふ!」
猫『なに笑ってるのよ』
男「あはははは! いやいや、なんでもないよ!」
猫『ちょっと。怒るわよ』
男「いやほんと、なんでも、ないから。くふふふふ」
猫『なによ……月が綺麗って言っただけじゃない』ペシペシ
男「あははははは! うん、俺も綺麗だと思うよ!」
猫『だから! なに笑ってるのよ!』
男「こう月を見てると、不思議な力が湧いてきそうだよね」
猫『これ以上あなたのヒキコモリパワーが湧いても困るわ』
男「全然不思議な力じゃないよね!?」
猫『なぁに? 狼にでもなるの?』
男「なってみたいねぇ」
猫『あなたはヤドカリとかカタツムリになりそうね』
男「ことごとく篭ってるね!」
猫『私ならそうね……人の姿になったりしないかしら』
男「きっと美人なんだろうなぁ、猫ちゃん」
猫『あなたは猫になっても可愛くないんでしょうね』
男「そんなことないよ! 多分、超キュートだよ!」
猫『あの女でさえもふらないような猫ね、きっと』
男「あの女さんが!? よっぽど可愛くないんだね……」
猫『ふふ、なに落ち込んでるのよ。可愛くなくても私は傍にいてあげるわ』
男「おお……! ここに女神が……!」
猫『パシリとして使ってあげる』
男「パシリ!?」
男「そろそろ帰ろうか」
猫『私はまだここであなたとお話したいわ』
男「おろ? 外でそんなこと言うの珍しいね」
猫『満月だからよ』
男「はは、そうなんだ」
猫『ええ。別に、家に帰ったら男が勉強を始めて私を放置するから、って理由じゃないわ』
男「あ、そういう……」
猫『たまにはあなたを独り占めしてもいいでしょう?』
男「可愛すぎ! もふっていい?」モフモフ
猫『あっ、ちょっと! まだ私なにも言ってない!』
男「ダメだった?」
猫『……いいわよ』
男「きゃっほう!」ギュー
猫『んっ、はしゃぎすぎよ。もう』
Trrrr! Trrrr!
男「ん? メールだ」ゴソゴソ
猫『珍しいわね』
男「確かに珍しいけども! どれどれーって妹か」パカ
From: 妹
Sub: 無題
―――――――――――
梨あるよ。そろそろ帰ってきたら?
お父さんがお兄ちゃんの分も
食べようとしてるよ
男「……」パタン
猫『なんだったの?』
男「梨があるらしい」
猫『家に?』
男「そう」
猫『ふぅん? それで?』
男「いや? それだけだよ。そんなことより、さっきの話の続き聞かせてよ」ナデナデ
猫『ふふ。あなた、無理してない?』
男「無理? はて? 一体何のことやら」
猫『あら? 梨はあなたの大好物じゃなかったかしら?』
男「好みは時間とともに変わっていくからねぇ」
猫『そう。……ねぇ、男? 私、急に眠くなってきちゃったわ』
男「ん? そうなの?」
猫『ええ。だから、そろそろ家に帰りましょう?』スリスリ
男「……本当に猫ちゃんは淑女だよね。参っちゃうな」ナデナデ
猫『ふふっ。ほら、何か返信したら?』
男「そうだね」パカ
妹「あ、メール返ってきた」
From: お兄ちゃん
Sub: Re:
―――――――――――
今から帰るよ
でも俺、歩くの遅いから
そんなにすぐには帰れない。
だから父さんから
梨を守っておいてくれ
妹「……お兄ちゃんってそんなに歩くの遅かったっけ? まぁいっか」パタン
妹「お父さーん。お兄ちゃん今から帰るって。だから食べちゃだめだよ」
10月 男の部屋
男「食欲の秋! 読書の秋! そんな季節だね」
猫『スポーツが出てこないあたりが男よね』
男「ちょ、ちょっと忘れてただけだよ。スポーツの秋もあるよねぇ」
猫『あなたはスポーツとかしたことあるのかしら』
男「あるよ! 遊びでサッカーしたり、妹のバスケに付き合ったり」
猫『ふぅん。でも最近の話じゃないでしょう?』
男「ま、まぁそうだけど。でも猫ちゃん、こう見えて俺、運動神経はそこそこ良かったんだよ?」
猫『過去形ね』
男「うぐっ。いいもん! 俺は本の虫になるもん!」
猫『……男は本を読み始めると私を放置するのよね』
男「え、そんなことないよ」
猫『あるわよ』
男「たまには本気で身体を動かしてみようかな」
猫『本気って。ふふ』
男「なんだい猫ちゃん」
猫『だって、あなたが本気で身体を動かしたら次の日は動けなくなるじゃない。ふふっ、ぽんこつね』
男「ぽんこつ!?」
猫『それが嫌ならへっぽこね』
男「へっぽこ!? ……まぁでもその二つなら」
猫『ゴミとかがいいかしら?』
男「急に辛辣に!?」
コンコン ガチャ
妹「お兄ちゃん、スポーツの秋だよ」
男「いきなりどうした。読書の秋だろ」
猫『私は食欲の秋だと思うわ』
男『食いしん坊な猫ちゃん可愛い』ナデナデ
猫『……』ペシペシ
妹「お兄ちゃん運動不足でしょ。久々にバスケしようよ」
男「えー?」
猫『あなたのそこそこの運動神経が見たいわね』
男「よーし、やってやろうじゃないか」
妹「やった。じゃあ公園いこ」
男「くくくっ! 俺の天才プレーヤーっぷりを見せてやろう」
妹「ふふふふ。望むところだよ、お兄ちゃん」
猫『きっと帰る頃にはヘロヘロになってるでしょうね、男は』
公園
男「ゴールがひとつしかないんだよな、ここ」
妹「そうなんだよね。でも、1on1だからひとつで十分だよ」
猫『あそこにボールを入れるのよね?』
男『そうだよ。これが難しいんだよねぇ』
猫『ふぅん、そうなの』
妹「じゃあお兄ちゃんからの攻撃でいいよ」
男「最初に謝っとく。ごめんな妹、俺は手加減ができないんだ」
妹「自信満々だね、お兄ちゃん」
猫『たまには男の格好いいところが見たいわね』
男『まかせて猫ちゃん! そこで見ててね、俺の勇姿を!』
猫『期待してるわ』
男「よし、行くぜ――!」
男「ぜー……はー……」
妹「お兄ちゃん。汗かきすぎ、息上がりすぎ、ボール取られすぎ、点取られすぎ」
男「は、ははは。いやなに、軽く手加減してやったまで」
猫『最初に手加減できないって言ったのは誰なのかしらね』
妹「はいはい。次はお兄ちゃんだよ」
男「お、おう。だむだむだむ……」ダムダム
妹「それ言わなくていいからね」
男「ふっ!」ダッ
妹「っ」サッ
男「読まれているだと!?」
妹「っていうかお兄ちゃん、右からしか攻めてこないよね」
猫『というか、男は右手しか使えないんじゃないかしら』
男「ならばっ! スリーポインツ!」シュッ
ガコン!
妹「スリーポイントはもっと後ろからだよ、お兄ちゃん」
男「俺はディフェンスで魅せる男」
妹「打たれ弱そうだけどね」
猫『メンタルも弱いわね』
男「ボ、ボールを取れば勝ちだから」
妹「そうだね。でもお兄ちゃん、わたしを止められる?」
男「なめてもらっちゃ困る。さあ来な」
妹「」ダッ
男「ほっ!」ササッ
妹「」クルリ
男「はっ!? なにそのかっこいいターン!」
妹「庶民シュー」パサ
猫『ふふっ、なに棒立ちしてるのよ』
男『あはは。圧倒されちゃったよ』
男「俺もそういう格好良いプレーがしたいなー」
妹「だったらボール見ないでもドリブルできないとね。あと両手どっちも使えないと」
男「基本だよなあ、それは。うーむ、このままじゃ勝てん……」
猫『仕方ないわね。一回だけ私が協力してあげるわ』
男「!」
男『協力とは?』
猫『私が注意を引くから、その間にシュートなりドリブルで抜くなりすればいいわ』
男『どうやって引くの?』
猫『ま、見てなさい』
妹「はい、次はお兄ちゃんだよ」
男「オーケー。今回はやられない」
妹「へぇ? お兄ちゃんの手は全部わかってるよ?」
男「それでも! やるときはやる男、それが」ダダッ
妹「読んでたよ、不意打ち」サッ
男「くっ!」ダムダム
妹「ふふふ、お兄ちゃん、どんどん隅っこに追い込まれてるよ」ジリ
猫「ニャーン!」
妹「え?」
男「今だっ!」ダダッ
妹「あっ!」
ぱさっ
男「鋭いドライブからのレイアップ……完璧だ」
妹「い、今のは猫ちゃんに何かあったのかと思って!」
男「おろ? 言い訳かい妹ちゃーん?」
妹「むかー」
猫『男、かっこ悪いわよ』
男『おふ』
男「俺はその後、妹に嘘のようにボロ負けした」
猫『嘘のようにっていうか、とうぜんよね』
妹「あの一回だけだったね、お兄ちゃん」
男「くっそー。あと一人味方がいれば高さを利用したバスケができるのに……!」
猫『大人気ないわね』
妹「それはずるいよー、お兄ちゃん」
男「使えるものを利用して何が悪いんじゃ!」
妹「それだったらこっちも助っ人呼ぶよ?」
男「おー、みーちゃんでもガリガリ君でも呼べばいいさ!」
妹「」ピッピッ
男「あれ、本当に呼ぶの? じゃあ俺も電話してみるか……」スタスタ
猫『あなたの助っ人は男友かしら?』
男『もちろん。あの巨体を使わない手はないよ』
猫『ほんとうに大人気ないわね……』
男『言わないで!』
男「よし、発信」ピッ
プー プー プー
男「……話し中?」
猫『あら、タイミングが悪かったわね』
男「しょうがない、あとでかけ直すか。どれ、妹は……」
妹「ってわけなんで、来てくれませんか」
『おお、いいぞ。面白そうだし』
妹「助かります! さっき言った公園にいますので」
『おーう。今から行くわー』
猫『電話越しなのに声がよく聞こえたわね。あの声は……』
男「妹よ。まさかとは思うが今の電話の相手は……」
妹「うん、男友さんだよ。お兄ちゃん、世の中早い者勝ちなんだよ」
男「……泥棒猫!!」
猫『!?』
男「ぬあー! 俺の切り札がー!」
妹「早くお兄ちゃんも呼んだら? あ、ごめんね。男友さん以外友達いないんだっけ」
男「そんなことはない! ……ひとり心当たりがある」スタスタ
猫『確かにひとりいるわね』
妹「まさか、お父さんとか言わないよね」
男「言わん!」
男『しかし助っ人として呼ぶのはなかなか……』
猫『呼びなさいよ。友達なんでしょう?』
男『そうだね。……ええい、ままよ!』ピッ
Prrrr! Prrrr!
男『うおおおお、手に汗握る!』
猫『小心者ねぇ』
『もしもしー?』
男「あ、もしもし。今、電話大丈夫? ……そっか、良かった。
いやね、ちょっとお願いしたいことが――」
男友「おーう、妹ちゃん」
妹「夏休み以来ですね、男友さん。相変わらずでかいですね……」
男友「そういう妹ちゃんは大きくなっ……たなー」ワシャワシャ
妹「なんですか今の間は。っていうか縮みます!」
男友「がははははは! そういや男は?」
妹「助っ人を呼ぶために電話を」
男「今し終わったよ。……やぁ、友。楽しそうだね」
男友「おう。男もな」
男「……あっさり妹サイドに寝返りやがって!」
男友「寝返るも何も、俺はフリーだっただろうが」
妹「そうだよお兄ちゃん」
男「まあいい。俺は友以上に強力な助っ人を呼ぶことに成功した」
男友「ほう?」
男「くくくっ! まあ待っていろ」
男「お、来たみたいだ! おーい! こっちこっちー!」ブンブン
猫『笑顔で走ってきてるわね。相変わらず元気なこと』
男友「どれどれ、一体誰が来……」
妹「え? あの人が……?」
女「助っ人見参! ちょっと待たせちゃったかな?」
妹、男友「ちょっと待ったー!!」
女「!? ご、ごめんね?」
猫『そういう意味じゃないと思うわ』
妹「お兄ちゃん、ちょっと来て!」ガシ
男友「そうだ、こっちに来い!」ガシ
男「あーれー」ズルズル
女「?」
男友「おい男! 女さんはずるいじゃないか!」
妹「ちょっとお兄ちゃん! 超可愛い人じゃん! お兄ちゃんの友達なわけないじゃん!」
男「なんでだ! ずるくないし、友達だ!」
男友「ちょっと前まで現役だったバスケ部を助っ人に呼ぶとは……」
妹「バスケ部の人なんですか?」
男友「ああ、そうなんだよ」
男「くくくっ! やるからには本気を出さないとなぁ!」
妹「どこに本気出してるの……。でも! こっちには長身の男友さんがいるんだからね」
男友「とは言っても俺、バスケ自体は別に上手くないからな」
妹「!?」
女「なに話してるんだろうねー。猫ちゃん」ナデナデ
猫『あなたのことでしょうね』ニャーン
男「ごめんね女さん、待たせちゃって。相手チームが女さんを前にビビっちゃってさ」
女「へっへっへ! 怖くない怖くない、大丈夫だよー?」
男友「ビビってないです、大丈夫です」
妹(お茶目な人だなー)
男「女さん、こいつが俺の妹。バスケ部なんだ」ポン
女「バスケ部! あたしと一緒だね。あたし、女って言うの。よろしくね!」
妹「妹です。よろしくおねがいします、女さん。……それでいかほどのお金で助っ人契約を?」
男「お金なんか出してないわい!」
女「あははっ、妹ちゃん面白いねー」
男「俺は傷つくばかりだけどね」
猫『傷ついた男を私が慰める……これは使えるわね』
男『猫ちゃん、思考が漏れてるよ!』
男「そろそろやろうか」
妹「お兄ちゃん、ボロ負けしても泣かないでね」
女「ふっふっふ! あたしが泣かせないよー!」
男友「かっこいいな女さん。それに比べて男ときたら……」
猫『普通逆よね。ほんとうに男は……』
男「何も言い返せない!」
男「よし、じゃあ始めようか。そっちからの攻撃でいいよ」
男友「ジャンプボールしようぜ!」
女、男「勝てるかっ!」
妹「男友さん、手筈どおりに」
男友「おう、任せな!」
女「じゃあスタートだね。はい、妹ちゃん」パス
妹「はい。では、いきますよ――!」
男「ぜー……はー……」
猫『相変わらずへばるの早いわね』
男友「おいおいもうへばったのか?」バタリ
女「男くん、大丈夫? っていうか男友くんもへばってるじゃん……」
妹「お兄ちゃん達、体力なさすぎでしょ」
男「そっちが体力ありすぎ! こんな、動きっぱなしじゃきつい……」
男友「まったくだ……」
女「しょうがないなー。じゃあ妹ちゃん、1on1やろっか」
妹「お願いします! 女さん上手いですから、いろいろ参考にしたいです」スタスタ
女「あはは、そんなに上手くないよー」スタスタ
猫『ちょっとあなた達、情けないわよ』ニャーン
男友「おー猫よ。俺達を労ってくれるのか」
男「情けないって言ってるよ……ってか友はまだ動けるだろ?」
男友「ばっきゃろ、男だけ抜けたら数が合わないだろう」
男「それもそうだ……」
ベンチ
男「おー、二人とも動きにキレがあるなー」
男友「そうだな。ジャンプとか違うよな、なんか」
猫『へっぽこーずは観戦モードなのね』
男『もうへとへとでやんす』
男友「リバウンドを取ろうとしたらさ、女さんが俺の前に入ってくるんだけど」
男「スクリーンアウトってやつな」
男友「なんていうか、緊張したわ」
男「わかる。俺はハイタッチで緊張した」
猫『哀れね……』ニャーン
男友「今、猫に哀れまれた気がする……」
男「当たってるよ……」
男友「お! あの女さんが攻めあぐねてるぞ。いいぞー妹ちゃん! ナイスディフェンス!」
猫『あら、ほんとうね。男も応援してあげたら?』
男『よし、ここはひとつ声を張ろうか』
男「女さーん! そろそろ24秒になるよー! がんばれー!」
「えー!? 計ってるの!?」
「隙ありです!」バシッ
「あっ! もう男くん! どっちの味方なの!?」
男「あははははは! ごめんごめん!」
猫『逆効果になっちゃったわね。ふふっ』
男「何か飲み物でも買ってくるか」スタスタ
男友「そうだな」スタスタ
猫『私も行くわ』トテトテ
男友「……なんで猫ってのは歩いてるだけで可愛いんだろうな」
男「本当にな」
猫『あら、照れるわね』
男「猫ちゃんが歩けばただの道も一瞬でキャットウォークになるな」
男友「うーん……」
猫『また微妙な……』
男「上手くなかったね! 悪かったね!」
男友「お、あったあった。自販機」
男「よし、妹にはアクエリっと。女さんはどうしようか」ガコン
男友「このHOTな缶コーヒーはどうだろう。エメラルドマウンテン」
男「やばい、面白そう」
猫『私も興味あるわね』
男『女さんの反応が気になるよね』
男友「これは俺用として買うか。最初に女さんに渡して反応を見よう」ガコン
男「いいな。じゃあ俺はお茶とアクエリ買っとくわ。女さんに選んでもらおう」
男友「んじゃ、戻るか」
男「おーう」
女「あ、戻ってきたよ」
妹「どこ行ってたの? お兄ちゃん達」
男「ちょっと飲み物を買いにな。ほら、妹」
妹「ありがとう! お兄ちゃん!」
女「良いお兄ちゃんしてるねー男くん」
男友「ほい、そんな女さんにはこれだ」
女「えっ、あたしの分もあるの? ありが……あったかいねこれ! しかもコーヒー!」
男友「あ、だめだったか? ごめんな……」
女「え、あ、ううん! あたしコーヒー好きだから大丈夫だよ!」
猫『男友、いい演技するわね。ふふっ、楽しいわ』
男『ねー。俺も笑いをこらえるのが大変だ』
男友「いや、いいんだ女さん……買い直してくるわ」
女「男友くん! コーヒーで大丈夫だよ! むしろコーヒーじゃなきゃダメなくらい!」
男友「……ぷっ! がはははは! 女さん、冗談だ。女さんのは男がちゃんと買ってきてあるから」
男「くふふ、女さんのフォロー……あははははは!」
女「もー! 普通にだまされちゃったよー! あったかいのはおかしいじゃん!」
猫『ほんとうに素直なのね』
男『そうだねぇ』
男「で、どっちが勝ち越したの?」
妹「女さん。もう全然歯が立たなかったよ」
女「ううん! そんなことないよ! 妹ちゃんもすごく上手かったもん」
男友「確かにどっちも凄かったな。俺達と比べたら」
男「だな」
妹「男友さんはリバウンドいっぱい取ってくれたじゃないですか。すごく助かりました」
男友「そうか? ちょっとでも役に立てて良かったわ」
女「男くんは…………えへへ」
男「誤魔化された!?」
猫『可哀想に……ほら、私のもふもふをかしてあげるわ』ニャーン
男「うぉーん! 猫ちゃーん!」ヒシ
男友「猫に泣きつくなよ……」
妹「お兄ちゃん……」
女「冗談冗談! 男くんはスクリーンが上手だったよーってあれ? 聞いてない?」
猫『ちょっと、いつまで泣き真似してるのよ』
男『うん。もうちょっともふもふしたい』
猫『あなたね……』
男友「でもあれだ。1on1では妹ちゃんが負けたかもしれないけど、チーム戦の時はこっちが勝ってたろ」
女「そうだねー。今回は引き分けかな」
妹「お兄ちゃんがいて助かったー」
男「妹よ、それはどういう意味かね?」
妹「聞きたいの?」
猫『男、聞かないほうがいいわ。あなたが傷つくだけよ』
男『もう傷ついてる!』
男「やはり決着をつけないとだめだな、妹よ」
妹「望むところだよ、お兄ちゃん」
女「あたしもやるよっ!」
男友「なら俺も参加せずにはいられないな」
男「よし! じゃあ今度はこっちから行くぜ――!」
「はい男くん! そこからスリーポイント!」
「いやいや女さん! 無理だって! あっ!」
「男友さん! ダンクお願いします!」
「無理無理! ジャンプ力が……!」
「なら俺がやってやる! とう!」
『かすりもしなかったわよ、男。ふふっ』
10月31日 男の部屋
猫『今日はハロウィンね』
男「お、よく知ってるね」
猫『さっき母と妹が話してるのを聞いたの』
男「そうなんだ」
猫『というわけだからトリック・オア・トリート。お菓子とかいらないからいたずらさせなさい』
男「あれー? なんかおかしくない?」
猫『どうやらお菓子は持ってないようね。ふふっ。さて、どんないたずらをしましょうか』
男「なんだろう……俺も楽しみだ」
猫『今からいたずらされるっていうのにのんきな男ね。なめられてるのかしら』
男「ひぃー! いたずらされたくないよー!」
猫『ふふ、お菓子をくれなかったあなたが悪いのよ?』
男「最初にいらないって」
猫『そういえば、男の携帯にメールが届いていたわよ。女から』
男「えっ? 気付かなかった、どれどれー……って来てないじゃん!」
猫『あら、こんな嘘にだまされてるようじゃ先が思いやられるわね』
男「む」
男「さてと! 気を取り直して勉強でもしようかな!」
猫『勉強は大事だものね。励むといいわ』ペタン
男「……ノートの上に居られると勉強できないなー?」
猫『あら? 気付かなかったわ。ごめんなさいね』トテトテ
男「……教科書の上でも勉強できないよー?」
猫『わがまま言わないでくれる? 私の居場所がなくなるじゃない』
男「わがまま!?」
猫『もう仕方ないわね。ここで我慢してあげるわよ』
男「定位置だね。そこならいいよ」ナデナデ
猫『』モゾモゾ スリスリ
男「ね、猫ちゃん? あんまり膝の上で動かれると集中できないなー?」
猫『あのね? 私も好きでやってるわけじゃないのよ? あなたがお菓子をくれなかったから仕方なくやってるの』
男「最初にいたずらさせなさいって」
猫『ふふふっ。はぁ、楽しいわぁ』
男「んー、なんか飲みたいな。ちょっと猫ちゃんどいてくれる?」
猫『どうしようかしらねぇ』
男「はい、じゃあ俺が下ろしてあげるからねー」ダッコ
猫『あん』
男「これでよしっと。じゃ」スタスタ
猫『』トテトテ
男「猫ちゃんはここに居ていいよ」
猫『私の同伴を断るっていうの?』
男「まっさかー。おいで」
猫『ふふ、ありがと』
男「コーヒーにするか」
「わたしココアよろしくー!」
男「……しょうがないな」
猫『私はお水』
男『了解』
猫『いらないわ』
男「紛らわしいよ!」
「なにがー?」
男「なんでもなーい!」
猫『あなたがテレパシーを声に出しちゃうの久しぶりね。おもしろいわ』
男「むむ」
男の部屋
猫『楽しかったわ。ハロウィンっていい行事ね』
男「それはよかった。そんな猫ちゃんに言いたいことがあります」
猫『なぁに?』
男「トリック・オア・トリート!」
猫『……いろいろとおかしいわね』
男「それは言わないお約束。さぁ! どっち?」
猫『私がお菓子とか持ってるわけないでしょう?』
男「くふふ! じゃあいたずらしちゃうぞー?」
猫『ええ。いいわよ』
男「……おかしい。なんでこんな平然としているのか」
猫『だって、男は私が嫌がることはしないもの』
男「んー、そう言われるとできなくなっちゃうなー」
猫『言わなくてもやらなかったでしょ』スリスリ
男「あはは、参ったな」ナデナデ
男「よし、そろそろ寝ようかな」
猫『あら、早いわね』
男「うん。まあね」ゴロン
猫『それなら私も』モゾモゾ
男「うっそぴょーん! まだ寝ないよー!」ガバ
猫『……ひどいわ、男。いたずらにも限度があるわ』
男「え、あれ? さっきいいって言」
猫『私をもてあそんだのね』
男「ご、ごめんね?」
猫『とりあえず寝て。早く』
男「」ゴロリ
猫『それで私をぎゅーってして?』
男「は、はい」ギュ
猫『んっ……つぎはなでて』
男「はい」ナデナデ
猫『んー……おやすみなさい、おとこ』
男「……おやすみ、猫ちゃん」
男(敵わないなぁ猫ちゃんには)
11月 男の部屋
猫『男、そろそろ起きなさい』
男「うー……」
猫『ちょっと、聞いてるの?』
男「うーん、聞いてる……」
猫『遅刻するわよ?』
男「今起きる……うぅ、今日は寒いねぇ」
猫『今日は暖かいほうだと思うけど』
男「えー……?」
猫『……男。なんだか顔色が悪いわね』
男「え? 顔がイケメン?」
猫『一言も言ってないわ。一言も』
男「そんなに強く否定しなくても。……身体が重いな」
猫『太ったんじゃない?』
男「太ったのかなあ」
コンコン ガチャ
母「ちょっとあんた、時間ないわよ。ってなにその顔」
男「……イケメン?」
母「風邪で頭がおかしくなったのね。学校には電話してあげるから寝てなさい」バタン
男「せめて熱をはかるとかさぁ!」
猫『風邪ひいたの?』
男「そうみたい。言われてみれば風邪の症状だった」
猫『なんでかしらね?』
男「最近寒かったからかな。よくわからない……」
猫『夜は私があたためてあげてるのにね』
男「本当にね。学校でもらってきちゃったのかなあ」
猫『ま、今日はゆっくり休むといいわ』
男「そうする」ゴロン
猫『』モゾモゾ
男「……猫ちゃん。朝ごはん食べた?」
猫『まだだけど?』
男「食べておいでよ」
猫『あなたと一緒に食べるわ』
男「そっか……よし、下行こう」ムクリ
猫『……そういうつもりで言ったわけじゃないのよ?』
男「わかってるわかってる」ナデナデ
男「うーん、やっぱりあんまり食べられなかったなあ」ゴロン
猫『ほんとうに調子悪いのね……大丈夫?』
男「大丈夫だよ。そんなに熱もないし」
猫『そう。ならいいんだけど』
男「そういえば、猫ちゃんに風邪うつったりするのかな。調べよう」パカ
猫『うつるわけないでしょ。人の風邪なんて』
男「いやいやわからないよー…………お、うつらないみたいだ。良かった」パタン
猫『ほらね。だから今日はずっとそばにいてあげる』
男「心強いなぁ。風邪の時って意外と心が弱るからねぇ」
猫『あら? あなたもそうなの?』
男「もちろん。もし一人だったら辛くて泣いてるかも。おーんおん」
猫『きもいわね』
男「おふ」
男「今頃みんなは授業か……」
猫『そうでしょうね』
男「……暇だ」
猫『私はいつもこんな時間を過ごしてるのよ?』
男「そうだよね。でも猫ってさ、こういう時間がいいんじゃないの?」
猫『……ま、そうね。でも、私はあなたと一緒にいる時間が一番だから』
男「はは、嬉しいこと言うなぁ」
猫『だからね。今日は男には悪いんだけど、ちょっと嬉しいの』
男「どうしたの猫ちゃん。今日はやたら可愛いこと言うけど」
猫『あなたが弱ってるみたいだから。そこに付け込もうと思って』
男「小悪魔猫ちゃん!」
猫『ふふっ、淑女はしたたかでもあるのよ?』
男「あはは、ほんと敵わないよ。猫ちゃんには」ナデナデ
男「……」パラ
猫『……』
男「あーダメだ。頭痛い」パタン
猫『漫画なんか読むからよ』
男「そうかもね。ちょっと寝るかー」
猫『そうした方がいいわ。私も一緒に寝てあげる』
男「風邪引いてるから寝相悪くなるかも」
猫『別に気にしないわ』
男「そっか……。じゃあ、おやすみ猫ちゃん」
猫『おやすみなさい、男』
男「……んん」
猫『……』トテトテ
男「うーん……」
猫(うんうん唸ってるわね)
猫『』ペロペロ
猫(早く治しなさいよ)
猫(あなたが元気じゃないと……)
猫(お散歩に出掛けられないじゃない)
猫(……なんてね)
――
――――――
男「ふぁーあ。よく寝た……ような」
男(まだだるいな。頭痛もまだ……)
猫『あら、起きたの』モゾモゾ
男「うん。……布団から顔だけ出してる猫ちゃん可愛い」
猫『よく眠れたかしら?』
男「そうだね。思ったより眠れたかな」
猫『まだお昼だけどね』
男「あれ? もう夜になってるものだと……1時か。どうりで明るいわけだ」
猫『あなたの携帯、何回か鳴ってたわよ』
男「お、どれどれー……男友からのメールか」
猫『どんなメール?』
男「暇だから見舞いに行ってやる、だって。別にいいのに」
猫『ほんとうは嬉しいくせに』
男「まぁ、ね」
男「昼飯も食べたし、薬も飲んだ。そして暇」
猫『なにもしないで横になってなさい』
男「やっぱりそうするべき?」
猫『そうした方がいいんでしょう?』
男「まぁねぇ。でも、ずっとそうしてるのもかえってつらい」
猫『ふぅん。それなら、私をぎゅってしたり、なでたりするといいわ』
男「お? 急に眠気が」
猫『ちょっと!』
男「バカは風邪ひかないって言うよね」
猫『……? それはおかしいわね』
男「俺がバカだからって答えは受け付けてないよ!」
猫『あら、ばかのくせによくわかってるじゃない』
男「ひどい!」
猫『ばかね、冗談よ』
男「またバカって!」
猫『ごめんなさい、今のは無意識だったわ』
男「やっぱり心の奥底ではバカって……」
猫『思ってないわよ、ばかね』
男「思ってるじゃん!」
猫『私の言うことが信じられないの?』
男「俺が悪い流れ!?」
猫『あなたは私の言うことをばか正直に受け取ればいいの』
男「また! またバカって言った!」
猫『あなた、さっきからそればかりね』
男「今もまた! バカって!」
猫『意味が違うでしょ。ばかだからわからないのかしら』
男「確かに今のは俺がバカだった!」
猫『はい、あなたは今自分でばかって認めたわ。よってあなたはばか。
ばかは風邪をひかないなんてのは嘘。なぜならあなたがばかだから。ふぅ、証明終了ね』
男「猫ちゃんのバカ!」
猫『なんですって!?』
男「あー面白かった」
猫『ふふっ、そうね』
男「もうすごいズバズバ言うんだもんなぁ」
猫『本心じゃないから安心しなさい』スリスリ
男(可愛すぎ!)ナデナデ
男「気付けば夕方か。猫ちゃんと話してると時間が早く過ぎるね」
猫『私も同じことを思ってたわ』
男「お、そうなんだ。……そういえば、楽しい時間は早く過ぎるって言うよね」
猫『……? それはおかしいわね』
男「これはおかしくないでしょ!」
猫『あら? さっきの再現じゃないの?』
男「違うよ!」
ピンポーン
猫『何か下で聞こえたわよ』
男「友が来たのかな? しかし本当に来るとは思わなかった」
猫『いい友達じゃない』
男「そうだねぇ」
猫『私、ちょっと見てくるわ』スタタタ
男「はいよー」
猫『あら? 男友ともう一人いるわね』
「えー!? 男に女の子の友達がいたの!?」
「男のお母さん。我々も信じがたい話ですが、現実なんです」
「そんなに大袈裟に言うことかな……?」
「妹から聞いてはいたけど本当だったのね。これからも仲良くしてやってね」
「もちろんです! 男くん達、とっても楽しいですから」
「それは滑稽とかそういう意味じゃないよな?」
「なんでそう取るの!?」
「まあ、とにかく上がっていってー。男も泣いて喜ぶわ」
「「お邪魔しまーす」」
猫『ふふっ。これはおもしろいことになりそうね』
男「……ん? 誰か上にあがってくるな。友かな」ムクリ
猫『男。戻ったわ』ニャーン
男「おかえりー猫ちゃん」
男友「ただいまー」
男「なにヌルっと入ってきてやがる」
女「お邪魔しまーす」
男「!?」
男友「どうだ、驚いたか」
男「……っ……あ」パクパク
猫『声出しなさいよ』
男『なんで女さんが!?』
猫『だから声出しなさいって』
男「どうして女さんがここに!?」
女「え? 男くんのお見舞いに……」
男友「俺が男ん家行くって言ったら、あたしもおちょくりに行くーって」
猫『なるほどね。納得だわ』
男「あー、そういうことか。納得」
女「なんで納得しちゃうの!? 違うからね!?」
男友「案外余裕そうだな」
男「まあな」
女「明日は来れそうなの?」
男「うん。多分行けるよ」
猫『あら、残念』
男『ごめんねぇ』ナデナデ
猫『ばか、冗談よ』
女「相変わらず猫ちゃんと男くんは一緒にいるんだねー」
男友「男よ。束縛する男は嫌われるぞ」
男「してないわい!」
猫『してもいいわよ?』
男(挑発的な猫ちゃん可愛すぎ!)
女「男くん、これ今日のプリント」
男「ありがとう。女さん」
女「あとこれ、飲み物とか」
男「え! そんな、悪いよ」
女「いいのいいの! 前にアクエリ貰ったお返し!」
男「……それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとう」
男友「俺からは特に無い」
男「そうかい」
男友「じゃあそろそろお暇するわ」
女「お大事にねー」
男「うん。二人ともありがとう。また明日」
猫「ニャーン」
男友「おーう。じゃあな」
女「ばいばーい」
男「いやーびっくりしたね。二人で来るとは」
猫『母もびっくりしてたわよ。女の子が来たって』
男「あーこれは後でからかわれるなぁ」
猫『でも良かったじゃない。いろいろ持ってきてくれたみたいで』
男「うん、すごく嬉しい。どれ、何のプリントが配られ……あ」
猫『どうしたの?』
男「今気付いたけど、寝る前に読んでた漫画そこに置きっぱなしだった」
猫『そうね』
男「くっそ、よりにもよってなんでToLOVEるダークネスを……! うぁー女さんに見られたー」
猫『そんなに気にしないと思うけど』
男「俺が気にするの! もう寝る! ふて寝する!」
猫『そう。おやすみ』
男「はぁ……枕の下にToLOVEるを入れて寝よう。待ってろヤミちゃん。おやすみ」
猫『キモオタね……』
翌日
猫『男、起きなさい。朝よ』
男「んー……おはよう、猫ちゃん」ムクリ
猫『今日は顔色がいいわね』
男「え? 顔がイケメン?」
猫『はいはい』
男「猫ちゃんの反応が……これは封印しよう」
猫『そんなことより、体調は大丈夫なの?』
男「うん。もう大丈夫だよ」
猫『そう、良かったわ。で、学校の方は大丈夫なの?』
男「お、ちょっと急がないとやばいね。猫ちゃん、朝ごはん食べよっか」
猫『あなたが起きるの遅いから、もう食べちゃったわ』
男「あれ? そっか」
猫『なんてね、嘘よ。ほら、早くしてくれる? 私もうお腹ペコペコなんだから』
男(待っててくれる猫ちゃん可愛すぎ!)
男「よし! 俺が下までエスコートしてあげるよ!」ダキ
猫『んっ、だっこするならもっとちゃんとぎゅってして』
男「はいよー!」ギュ
猫(……やっぱり男は元気な方がいいわね)
12月24日 リビング
TV『クーリスマスが今年もやーってくる――♪』
猫『ねぇ、男。元気出しなさいよ』
男「……」
猫『別にいいじゃない。あなただけ何も予定がなくても』
男「……」
猫『少なくとも私は気にしないわ。男が一人ぼっちで家に居ても』
男「……」
猫『なんてことない一日じゃない。普通は家族や恋人と過ごすみたいだけど』
男「……」
猫『ふふふっ。楽しいわぁ』
男「やっぱりわざと言ってた! 心えぐるようなことばっかり!」
猫『あのね? 私はあなたを元気づけるために言ったのよ?』
男「どんどん落ち込んでくよ!」
男「夫婦は水入らず。妹はクリパとかいう謎の集会。さて、俺は?」
猫『暇なんでしょ』
男「その通りですぅぅぅ」
猫『男友あたりと遊べばよかったじゃない』
男「いや、電話はしたんだよ。そしたら」
男友『なんで野郎と過ごさにゃならんのだ』
男「そう言って切られた。許すまじ……!」
猫『なら女は?』
男「恐れ多すぎて考慮すらしてない」
猫『小心者なんだから……』
バタバタバタバタ
妹「お兄ちゃん、わたしそろそろ行くね」
男「おーう。むしろまだいたのか」
妹「むか。そういうお兄ちゃんもいるじゃん」
猫『妹、男には予定がないのよ』ニャーン
男「俺は夜に女さんとデートだから」
妹「わかりやすい嘘……」
男「哀れむな!」
猫『言ってて悲しくならなかったの?』
男『なりました!』
妹「ねー、早く帰ってきてあげよっか? 寂しいでしょ? お父さんもお母さんもいないし」
男「なーに言ってんだか。しっし」
猫『ふふっ、帰ってきてもらえば?』
男『兄の威厳というものがある』
妹「素直じゃないなあ」
男「でもあんまり遅くなるなよ。中学生なんだから」
妹「わかってますよーだ。お兄ちゃんこそ夜遊びは……あ、無縁だったね」
男「妹きらい」
妹「!? ……ごめんね、ちょっと言い過ぎちゃった」
男「嘘だよ。わかりやすくなかったか?」
妹「……びっくりさせないでよ! ばか!」
男「あはははは! めんごめんご!」
妹「じゃあ行ってくるね」
男「おーう、楽しんできな」
妹「うん、いってきまーす」
男「いってらっしゃい」
猫「ニャーン」
男「俺達だけになっちゃったね」
猫『私はあなたとふたりきりでも寂しくないわよ?』
男「そっかー! 俺もだよ!」ナデナデ
猫『ふふっ、うそつき』
男「いやいや嘘じゃないよ」
猫『ふぅん? それならなんで男友に連絡したのかしら?』
男「そ、それは……」
猫『ねぇ。あなたがお出掛けしてたら、私はここで独りぼっちだったのよ?』
猫『でも仕方ないわよね。私、猫だものね、って自分を納得させたけど』
男「……ごめんね、猫ちゃん。俺、自己中だった……」
猫『……ふふっ。男、冗談だから。そんなに真に受けなくていいのよ』
男「……」
猫『そんな顔しないで。ちょっといじわるしたかっただけなの』スリスリ
男「……」ギュー
猫『んっ。ちょっと、どうしたの?』
男「猫ちゃんのせいだよ!」ギュー
猫『意味がわからないわ!』
男「外が暗くなってきたなぁ」
猫『そうね』
TV『ご覧ください! このイルミネーション! クリスマスイヴの夜を鮮やかに彩って――』
男「へぇ……」
猫『……』
男「猫ちゃん、イルミネーションに興味ある?」
猫『ええ。あるわよ』
男「ちょっと外に見に行こうか」
猫『そんな誘い方、いや』ツン
男「えぇっ!? 急にどうしたの?」
猫『ふふっ、今日は私があなたの恋人役をやってあげる』
男「こんな淑女が恋人って……最高すぎる!」
猫『私の恋人は最低だけど』
男「最低!?」
猫『う、そ』
男「……やばいな、これは」
猫『ふふ、あなたってほんとうに簡単よね』
男「猫ちゃん、綺麗な夜景を見に行かない?」
猫『いや』
男「俺と一緒に聖夜を過ごそう」
猫『だめ』
男「君という女神に俺の時間を捧げたい」
猫『きも』
男「……猫ちゃん、デートしよっか」
猫『ふふっ、喜んで』
男「あれ。こんなんでいいの?」
猫『ええ。別になんでもよかったもの』
男「無駄に言わされた!?」
猫『それにしてもひどいセンスね』
男「しょうがないじゃん! 女の子を誘ったことないんだから!」
猫『あら、じゃあ私が初めてってことでいいのかしら?』
男「えー? 猫ちゃんはノーカウントでしょ」
猫『あなたね、そこはカウントしなさいよ』
玄関
男「よし。準備万端! エスコートしますよ、お姫様」
猫『ええ、お願いね』
ガチャ
男「うわっ、さむっ!」
バタン
猫『……エスコートしてくれるんじゃなかったの?』
男「猫ちゃんはこの寒さに耐えられないだろうから、今回はやめとこうね」
猫『あなたが耐えられないんでしょ』
男「いやいや猫ちゃん、ちょっと外に出てみて」ガチャ
猫『……寒いわよ!』
男「でしょ? やっぱりクリスマスに外出なんて狂気の沙汰」バタン
猫『……残念。あなたとデートしたかったのに』
男(しゅんとしてる猫ちゃん可愛すぎ!)
男「そうだ。膝掛けで猫ちゃんを包んだらマシになるかも」
猫『やってみてくれる?』
男「オーケー。……どう?」
猫『外に出てみないとなんとも言えないわ』
男「よし、出てみようか」ガチャ
男「さむっ。どう、猫ちゃん」
猫『ええ、平気だわ。……すごいわね、この膝掛け』
男「そっか! じゃあ出掛けられるね!」
猫『男は? 寒くないの?』
男「俺は猫ちゃんをだっこしてるから、それだけであったかいよ」
猫『そう。ならいいんだけど』
男「よーし、それじゃ出発!」
外
男「しかしあれだね。俺、変な目で見られないかな?」
猫『大丈夫よ。みんな私にしか目が行かないから』
男「大部分は膝掛けで包まれて見えないけど」
猫『ミステリアスってことね。私の魅力が上がっちゃうわ』
男「あー、なるほどねぇ」
猫『それで、どこに向かってるの?』
男「適当にふらふらと。ほら、そこらの家でもイルミネーションを飾ってるでしょ?」
猫『そうね。テレビではもっと派手なものだったけどね』
男「そうだねぇ。もっと街の中心に行けばあるだろうけどね」
猫『行かないの?』
男「人が多いからなぁ」
猫『そう。それならいいわ。静かな方がいいものね』
男「さすが猫ちゃん、わかってるぅ」
猫『あなたに合わせてあげたのよ』
男「あはは、そっか。ありがとう」ギュ
公園
男『ん? なんだかいつもより人が多いような……』
猫『そうね』
男『あ! 見て猫ちゃん、あそこにクリスマスツリーがあるよ!』
猫『あら、すごいわね。きらきらしてるわ』
男『どうりでカップルが多いわけだ……』
猫『今気付いたけど、やっぱり公園なのね。あなたのデートって』
男『完全に無意識だった……』
猫『相手が私じゃなかったら……』
男『……どうなる?』
猫『捨てられてたわね』
男『そこまでっ!?』
ベンチ
男『それにしてもあんなツリーがあるとはなあ。今まで知らなかったよ』
猫『あの一番上に飾ってある星がいいわね』
男『いいねー。ほんときらきらしてる』
猫『私、綺麗なものには目がないのよね。ねぇ、男?』
男『……なんだい?』
猫『あれ、取ってきて』
男『無茶振り!』
「あっくん。あそこスペースあるよ」
「お、本当だ」
猫『カップルがこのベンチに座るみたいね』
男『他に空いてるところはなかったのか』
猫『ないから来たんじゃないの。男が独りで座ってるところに』
男『いくらベンチが広めとはいえ……』
「ほら、みほ。お茶」
「ありがと! はぁ、あったかーい」
男『……俺も何か温かい飲み物買ってこようかな』
猫『居たたまれなくなったのね』
男『違います』
猫『ふぅん? 買ってきたらここに戻ってくるの?』
男『もちろんだとも』
猫『テレパシーが震えてるわよ』
「ほら、あっくんも!」
「おわっ、いきなりほっぺに当てんなよ!」
「あははっ、おもしろーい」
男『おもしろーい』ビキビキ
猫『おもしろいわね、あなたの反応が』
男『なんでカップルの会話を聞かなくちゃならないのか』
猫『あなたが勝手に聞いてるんでしょ』
男『聞こえてくるんだからしょうがない』
猫『私達も声出してお話する? ちゃんと鳴いてあげるわよ?』
男『それこそまずいよ……』
猫『ふふっ。それもそうよね』
「ねー、この後どうする?」
「どうしようか」
男『けっ』
猫『けっ、って』
男『この後どうする? 猫ちゃん』
猫『どうしようかしらね?』
「あんまり遅くなるとみほの家族も心配するだろうからなー」
「えー? 別に大丈夫だよぅ」
男『あんまり遅くなると猫ちゃんのお腹がペコペコになっちゃうだろうからなー』
猫『……。えー? 別に大丈夫だよぅ』
男『うん。可愛くないね』
猫『言わせといて! 可愛くないって何よ!』
男『あははははは! いつもの猫ちゃんの方が可愛いってことだよ!』
猫『……そういうことね。なら納得だわ』
男『やっぱり切り替えが早いよね』
「なぁ。ずっと一緒にいような」
「うん。ずっとあっくんと一緒にいる」
猫『ふふふっ』
男『どうしたの? 確かに笑えるけど』
猫『前にね、母が見てたドラマでこんなシーンがあったのよ』
男『ほう?』
猫『でもね、そのうち彼女の方が浮気しちゃうの。それで母が「クズね、この女」って言ってたわ』
男「あはははははっ! そりゃ傑作だわ!」
「「!?」」
男『やべっ。退散だ』ダッ
猫『ふふっ、傑作ね』ニャーン
男「いやー思わず声に出しちゃったよ」
猫『もう、ばかなんだから。私、もうちょっとツリーを見たかったわ』
男「ごめんねぇ。ほら、イルミネーションならそこらの家もやってるよ」
猫『私はあのツリーの星がよかったの』
男「そっか。でも猫ちゃん、空を見上げてごらん。そしたら幾万の星屑が……」
猫『きもいわよ』
男「おふ」
猫『何か他にしたいことはないかしら?』
男「そうだなあ。じゃあ猫ちゃん、ちょっとお手を拝借」ギュ
猫『なぁに?』
男「ふははは、手を繋いで歩こうと思ってね!」
猫『ふふ、私は歩いてないけどね』
男「細かいことはいいんだ。いやー肉球がぷにぷにだなあ」ニギニギ
猫『男、手が冷たいわ』
男「あ、ごめんね」パッ
猫『ううん、そういうことじゃないの。寒くない?』
男「全然寒くないよ! 俺は手だけ冷たいんだ!」
猫『そうなの。ねぇ、それならもう一度手を繋いでくれる?』
男「うん。にぎにぎ」ギュ
猫『ふふっ。なんだか変な感じね』
男「あはは、そうだね」
男「世のカップルどもは何をしているんだろうなぁ」
猫『さあ』
男「お洒落なレストランで食事とかかな」
猫『猫缶も出してくれるかしら』
男「あはは、どうだろうねぇ」
猫『ま、何を食べるかじゃないわ。誰と食べるか、よ』
男「さすがは猫ちゃんだね」
猫『ええ。母と父と妹で食べるごはんはおいしいわ』
男「あれれー? 一人足りなくない?」
猫『ばかね、あなたは一緒にいる前提よ』
男(可愛すぎ!)
猫『決して忘れてたわけじゃないわ。ええ』
男「あれ? ほんとは忘れられてた?」
帰り道
男「いやークリスマスイブがこんなに楽しいのは久しぶりだ」
猫『ふふっ。そう?』
男「うん。こんなに可愛い猫とデートしてるからね」
猫『傍から見たら寂しい男だけどね』
男「それは言わないお約束。俺が楽しいからいいんだ」
猫『そう。私も楽しいわよ』
男「そっか。よかった」
男「あれ、なんか降ってきた……雪か」
猫『私、初めて見たわ』
男「ここらへんはめったに降らないからねぇ」
猫『そうなの』
男「しかし今日降るとは……ホワイトクリスマスか」
猫『雪が降るとそういうふうに言うのね』
男「うん。まぁ、俺にとっては最初からホワイトクリスマスだけどね」
猫『……まさかとは思うけど、私が白いからとか言わないわよね?』
男「……てへっ」
猫『あなたってほんとうにセンスないわね』
男「うぐっ」
猫『今ので今日のデートは全部台無しよ』
男「えぇっ!? そこまでっ!?」
猫『ふふっ、そこまでよ。だから、来年はちゃんと成功させてね?』
男(挽回のチャンスをくれる猫ちゃん可愛すぎ!)
男「っていうか、それって来年も俺は独り身ってこと?」
猫「ニャーン」
男「猫ちゃん!?」
2月14日 リビング
妹「ねー、お兄ちゃん。今日は何の日か知ってる?」
男「さぁ。俺には皆目見当がつかない」
妹「教えてあげよっか?」
男「んー、別にいいです」
TV『今日はバレンタインデーということで、女の子達が――』
猫『バレンタインデーね』
妹「そう、バレンタインデーだよ。お兄ちゃん」
男「……俺は大学の二次試験でそれどころじゃないんだ」
妹「甘いモノを食べると頭に良いらしいよ?」
男「そうかい。あとで砂糖でも舐めとくわ」
妹「ふふふ。わたしがチョコつくってあげる!」
男「溶かして型に入れたものは手作りとは言わんぞ」
妹「なめてもらっちゃ困るよ? 期待してて!」タタタ
男「……普通、前日にはできてるものじゃないのか」
猫『今日はテンション低いわね、どうしたの?』
男『いろいろあるんだ……』
男の部屋
男「」カリカリ
猫『……』
男「」カリカリ
猫『ねえ、いろいろってなに?』
男「いいかい猫ちゃん。そもそもバレンタインデーにチョコを贈るなんていうのは」
猫『ええ』
男「日本のお菓子会社の販促によるもので」
猫『きのう母が、販促とか言っちゃう男の人って恥ずかしいわよね、って言ってたわ』
男「……販促であるとか言われてるけど、起源ははっきりしてないらしいね」
猫『そう』
男「で、俺が本当に言いたいのはここからなんだけど」
猫『ふぅん?』
男「今の世の中には、いわゆる本命チョコ以外に、義理チョコ、友チョコ、しまいには逆チョコなんていうものが存在してるんだよね」
猫『それで?』
男「これもやっぱり販促以外の何ものでもないと思うんだけど」
猫『やっぱり販促批判じゃない』
男「ではなく、これだけ企業がバレンタインデーというものに必死になるということは」
猫『ええ』
男「そのバレンタインデーに縁のない人間にとってはすごく居心地が悪いんだよね。
街全体がチョコ一色になる勢いだから。クリスマスもそうなんだけど」
猫『テレビもチョコの特集とかしてたものね』
男「そう。だから、もうちょっと慎ましくやっていただきたいなと思うわけ」
猫『母はね、そんなふうにうだうだ言ってる人ほど哀れな人はいない、って言ってたわ』
男「うおおおおおおおおん!!」
男「ま、家に居ればそれは回避できる問題」パラ
猫『妹が何か作ってるけど』
男「あれは例外。それに妹は俺にくれるみたいだし」
猫『やっぱり欲しいんじゃない』
男「そりゃ欲しいよ。妹ってのがなんともあれだけど」
猫『貰えるだけいいじゃない。貰えない人だっているんでしょう?』
男「いやー、家族からも貰えない人ってそうそういないと思うよ」
猫『ふぅん』
男「ま、それより勉強だよ。本命に受からないと、一人暮らしになるかもしれないからね」
猫『ちょっと、初耳よ』
男「あれ? そうだっけ? まあ大丈夫だよ」
猫『ほんとうでしょうね。信じるわよ?』
男「うん、信じていいよ」
猫『私が人だったらあなたにチョコをあげられたのに』
男「あはは、その気持ちだけで嬉しいよ」
猫『お返し目当てでね。3倍返しなんでしょう?』
男「小悪魔的! まあ、でも猫ちゃんになら3倍返しも許せるね」
猫『ふふっ、メロメロね』
男「そりゃもう」
コンコン ガチャ
妹「お兄ちゃん、わたしがチョコを恵んであげます」
男「おうおう随分上から来たな」
妹「いらないの?」
男「いる」
猫『即答しちゃうところがまた……』
男『しーっ』
妹「ふふふ。はい、どうぞ」
男「なんだこの可愛い包装は……すぐ開けるのに」
妹「それだけ心を込めたってことだよ。わかって」
男「そ、そうか」
猫『ふふっ。なに照れてるのよ』
男『ちょっとびっくりした』
男「これは……なんて言うんだ?」
妹「トリュフだよ」
男「それはきのこじゃないのか」
妹「お兄ちゃん……ほんとうに知らないんだね」
男「哀れむな!」
猫『そのきのこに形が似てるからトリュフって言うらしいわよ』
男『合ってるじゃん!』
猫『でも知らなかったんでしょ』
男『うっ』
妹「ね、食べてみて」
男「ああ」パクー
妹「……どうかな?」
猫『どうなの?』
男「おー! 思ったよりうまい!」
妹「やった。っていうか思ったよりってなに!」
猫『ふふ、素直においしいって言えばいいのに』
男『ははっ。なんか、ね』
妹「これで勉強もはかどるでしょ?」
男「そうだな。脳が活性化してるような気がする」
妹「棒読みなのが気になるけど。じゃ、がんばってね」バタン
男「おーう」
猫『よかったわね。ゼロじゃなくて』
男「まぁねぇ。でもたまには家族以外から……」
猫『じゃあ女の家に押しかけましょう』
男「それで貰っても嬉しくないよ! もはや押収だよ!」
猫『ふふ、そうね』
男「よーし、本命に受かるためにますます勉強しないと」
猫『本命といえば……もし私があなたにチョコをあげるとしたら、何チョコだと思う?』
男「えー? 本命といえば、って言ってそれ聞いちゃう?」
猫『聞いちゃう』
男「うーん……あ、そうだ。答えは義理チョコ。なぜならさっき3倍返し目当てって言ってたから!」
猫『……ねえ、男。本音と建前って知ってる?』
男「もちろん知ってるよ?」ナデナデ
猫『ふふっ、そう』
男「くふふ。で、答えは?」
猫『言わなくてもわかるでしょ? だから教えない』
男「あははは! 素直じゃない猫ちゃん可愛すぎ!」ギュー
猫『んっ。ばか、素直じゃないのはあなたでしょ!』
3月 男の部屋
男(猫ちゃんがくつろいでる)
男(たまに動く尻尾が可愛い)
男(あくびとかしちゃって。くくっ)
男(しかしそんな姿にもどこか気品が……)
男(おろ、立った)
男(そして歩いてこっちに……膝に乗ってきた)
猫『ねぇ』
男「んー?」
猫『あんまり見つめないでくれる?』
男「俺は奥にあったごみ箱を見てたんだよ?」
猫『ふぅん……私がいるのにごみ箱を見てたの。男って変わってるわね』
男「はは、うそうそ。猫ちゃんを見てました」ナデナデ
猫『やっぱり。まるでストーカーみたいな目だったわ』
男「ストーカー!?」
男「今日はずっとごろごろしたい気分だ」
猫『そう。私も付き合ってあげるわ』
男「猫ちゃんはごろごろのプロだもんね」
猫『なにかしら。むかつくわね』ペシペシ
男「あはは、怒ってる猫ちゃん可愛い」ナデナデ
猫『もうっ』
男「……」ナデナデ
猫『……』
男「……」ナデナデ
猫『んー……』
男「もふもふだ」
猫『なですぎ。あなたのせいで眠くなったわ』
男「寝ちゃっていいよ」ポンポン
猫『ばか。せっかくあなたを独り占めしてるのに。もったいないわ』
男(可愛すぎ!)ナデナデ
猫『ちょっと、聞いてるの? 眠くなっちゃう!』
男「なんか俺も眠くなってきたなぁ」
猫『さっき起きたばかりじゃない』
男「そうなんだけどねぇ」
猫『寝たら猫パンで起こすわよ』
男「それは怖い! 起きてよう」
猫『そうして』
男「でもちょっと目つぶってるね。寝るわけじゃないけど」
猫『そう』
男「うん……寝るわけじゃないから……」
猫『……』
男「……」
猫『ねぇ』
男「……んー?」
猫『今、寝てたでしょ』
男「いやいや、まさか」
猫『ふぅん』
男「あはは……」
猫『……』
男「……」スー
猫『ちょっと』
男「」zzz
猫(寝ちゃってるじゃない)
猫(……ま、昨日は大騒ぎだったものね)
~~
男「やったっ! 本命受かったー!」
母「良かったわね、男! おめでとう!」
男「ありがとう! はー、前期で決まって良かったー!」
母「今日はお祝いしなくちゃね。お父さんにもメール送らなくちゃ」
猫『おめでとう、男。家から通うのよね?』
男『そうだよー! もう最高だ!』ギュー
猫『んー!』
~~
猫(その後、女からメールがきて)
猫(そこで初めて男と同じ大学ってことを知ったのよね)
猫(男友は違う大学に行くみたいだけど)
猫(そっちも受かったみたい)
猫(ふふ、のんきな顔しちゃって)トテトテ
猫(でも、私を放置するのはいただけないわね)
猫(……)
猫(……そういえば)
猫(あの猫缶を食べたのって確かこの時期じゃなかったかしら)
猫(……)
猫(ふふっ)
猫『男、そろそろ起きて』
男「……んー、起きる」
猫『もう夕方よ』
男「……あれー? そんなに寝ちゃってたか」
猫『私を放置してね』
男「あ……ごめんね。猫パンで起こしてくれると思ったからさ」
猫『あなたの寝顔を見たら、そんなことする気もなくなったわ』
男「そっか。優しいなぁ、猫ちゃんは。うりうり」ナデナデ
猫『ふふっ、とうぜんでしょう? それより』
男「ん?」
猫『あなたと意思疎通できるようになった日、いつか覚えてる?』
男「んー……3月ってことくらいしか……」
猫『そう。なら教えてあげるわ。去年の今日よ』
男「え、そうなの? じゃあ今日は意思疎通記念日だね」
猫『それもいいけど、私ちょっと考えてることがあるのよ』
男「なに?」
猫『あの猫缶の効果、一年なんじゃないかしら』
男「!?」
男「な、なんでそう思うの?」
猫『なんだか胸騒ぎがするの。もしかしたらテレパシーが使えなくなっちゃうかもって』
男「き、気のせいじゃ……」
猫『……』
男「あれ……? 本当なの……?」
猫『ねえ。私達ならテレパシーなんてなくても意思疎通できるわよね?』
男「……うん。この一年で猫ちゃんがどんなことを思ってるか教えてもらったからね」
猫『ふふ、私のこと、ちゃんとわかったかしら?』
男「うん、とにかく可愛いってこととか」
猫『浅いわね。そんなだからキモオタなのよ』
男「大丈夫。もっと色々わかったから」ナデナデ
猫『……あのね? 最後のテレパシーは、私があなたに対して一番強く思ってることを伝えたいの』
男「うん」
猫『いつ、私に猫缶を食べさせたか、覚えてる?』
男「時間は何故か覚えてるよ。6時ジャスト……ってあと10分しかない!」
猫『そう。じゃあ6時になる直前に伝えることにするわ』
男「なら、それまでお話しようか」
猫『ええ』
男「この一年は本当に楽しかったなぁ」
猫『そう?』
男「うん。友達が増えたし、出不精も改善したし」
猫『私のおかげね』
男「本当にそのとおりなんだよ。全部猫ちゃんのおかげ」
猫『ふふっ、でもキモオタよね』
男「それはいいじゃん!」
猫『私も楽しかったわよ。意思疎通できてからは特に』
猫『たくさんの景色を見せてもらったわ』
猫『桜に、アジサイに、海に。満月やクリスマスツリーもそう』
猫『ぜんぶ、あなたのおかげ』
男「……これからもっといろいろなものが見られるよ。大学生は時間があるから」
猫『ふふ、そうなの。なら見せてね? 新しい景色』
男「うん。もちろん」
17時59分
猫『そろそろね』
男「うん……」
猫『ふふっ、男、なんて顔してるのよ』
男「あれ? 笑顔になってない?」
猫『くしゃくしゃよ。……ばかね、別に私がいなくなるわけじゃないのよ?』
男「……そうだよね。悲しむ必要なんかないよね」
猫『ええ、安心して。私があなたから離れることはないわ』
男「あはは、猫ちゃんはやっぱり可愛いや。……あ」
猫『時間?』
男「うん。あと15秒」
『じゃあ、教えてあげる』
『私があなたに一番伝えたいこと』
『私ね、あなたのこと――』
『大好き』
18時00分
男「……それが最後のテレパシー、か」
男「あはは、そんなの、改めて言葉にする必要なんて」
男「……でも、猫ちゃんらしいかな」
猫「……」
男「猫ちゃん?」
猫「ニャーン」
男「俺も大好きだよ」
『ふふっ、男ってとことん私にメロメロよね』
男「あれ!?」
猫『私の言うことならなんでも信じちゃうのかしら。ふふ』
男「ね、猫ちゃん?」
猫『なぁに、その顔? 間抜けよ?』ペシペシ
男「テレパシーが使えなくなるって……」
猫『使えなくなっちゃうかも、よ』
男「かも……」
猫『それに、使えなくなる根拠もあって無いようなものだったじゃない。ふふっ、胸騒ぎってなによ』
男「……」
男「…………」
男「猫ちゃんっ!」
猫『猫ってきまぐれなのよ? 知らなかった?』
男「気まぐれにもほどがあるよ! 今回は怒るよ!?」
猫『でもね? さっき言ったことはぜんぶ本心よ?』
男「う……あ……い、いや騙されないよ! そうだとしても今回は怒った!」
猫『こんなにあなたのことが大好きなのに……怒っちゃうの?』スリスリ
男「なっ……!」
猫『ふふっ、あなたってほんとうに簡単ね』
男「…………ぷっ、あはははは! ダメだやっぱり猫ちゃんには敵わない!」
猫『男がちょろすぎるのよ』
男「それもあるけど! ……でもさ、なんでこんなことを?」
猫『あなたが私を放置して眠ったから、その罰よ』
男「そんな理由で!?」
男「あーでも良かった。猫ちゃんの冗談で」
猫『ちょっとやりすぎちゃったわね』
男「ほんとだよ。もう、俺、すごく疲れた……」
猫『ふふっ、ごめんなさい。でも、たまにはいいじゃない』
男「えー?」
猫『お互いの愛を確認しあうのも』
男「なんかすごいこと言ってる!」
猫『ふふ、なに猫相手に照れてるの?』
男「照れてないわい!」
猫『ふぅん?』
男「……ええい! もうなんでもいいからもふらせろー!」
猫『んっ! ちょっと!』
おわり。
676 : VIPに... - 2012/07/01 19:38:56.95 uwAb9wd6o 444/444>>68から始まった後日談もこれにて完結です
ここまで続けられたのも偏に皆さんのレスのおかげです。いや本当に
突っ込みどころとか猫に関しての問題とかいろいろあったと思います。それは申し訳ないです
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました!